進路のヒント 目指せヒューマンケアリング 薬学・看護・臨床心理「看護」

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自分を太くしよう! しんどい場面から逃げない、自立した看護師を育てたい 佛教大学保健医療技術学部看護学科(2012年4月開設予定)学科長予定者 保健医療技術学部教授 日隈ふみ子先生

佛教大学は今春、新たに二条キャンパスを開設し、これまで紫野キャンパスにあった保健医療技術学部を移転するとともに、来春看護学科を開設します。京都の街中に新設された最新の建物・設備の中で、どのような学科が誕生するのか、学科長予定者である、保健医療技術学部教授の日隈ふみ子先生にお聞きしました。

大事なのは待つことと、自分から進んで何かをしようとすること

この10年以上、私自身が力を入れていたのは助産学教育でした。現在、日本では出産のほとんどは病院で行われていますが、60年頃までは自宅出産がほとんどで、それを担うのが助産師でした。現在、世界的にも母子の安全のために助産師を増やすことは急務であります。また医療費不足が深刻であることから、助産師の活用はその軽減にも寄与すると世界では期待されています。

医療行為の行えない助産師にとって、もっとも大事なことは、女性が妊娠期から心身ともに産む力を育み、最終的に「私は産める」、そして「産めた」という自信が得られるように、女性に寄り添った支援をすることです。助産師には、女性と生まれくる胎児を≪信頼する≫≪見守る≫態度が求められます。同時に、助産師とともに産むことを選んだ側にもそれなりの覚悟が必要で、女性には、生まれてくる胎児にすべてを合わせ、生まれくる胎児と助産師、そして、自分自身を≪信頼する≫ことと、生まれくる胎児を≪待つ≫態度が求められます。

ところで、≪信頼する≫≪見守る≫≪待つ≫ということは、かなり積極的な行為で、看護学教育に関わる側にも、また看護師を志す人にも欠かせない姿勢、態度でもあります。

しかし、これらのことは、現代社会ではそれほど簡単なことではありません。とくに今の若者は、親からは常にこうしなければならないと期待され、立ち止まって考える猶予を与えられていませんからなおさらかもしれません。そこで学生には、看護学を学ぶとともに、失敗も含めて、大学の4年間でいろいろな体験をしてほしいと考えています。

失敗すると誰でも「困った。どうしよう」ということになりますが、様々な体験をするうちに「自分で何とかしなければ」という気持ちも生まれてくるものです。そしてそこからは、実践することが面白くなってきますし、自分への信頼も育ってきます。現場では、最終責任は実施者にありますから、人から言われないとできないようでは通用しません。自分から進んで何かをしようと思えるようになること、本当に大変な時にも、自分を信じ、逃げずに向き合えるようになってほしいものです。  

育てる立場から言えば、「今のあなたはあなたのままでいい」というメッセージを送り続けることが大事です。というのも、今の若者は、何かをする前にまずそれをしてもいいかと周りを見ます。もちろん周りの状況に合わせられるのはそれなりに必要なことではありますが、それが極端になると、最初の一歩が踏み出せないということにもなりかねません。だからこそ、育てる側には、「大丈夫、やってみたら」と学生を≪信頼する≫≪見守る≫こと、そして学生の育ちを≪待つ≫ことが、これまで以上に必要だと思っています。

幅広い視野と物の見方、真のコミュニケーション能力も身に付けてほしい

看護師には学際的な知識や幅広い教養が求められます。一人ひとり異なる背景を持つ患者さんに対応するには、医学的知識や専門知識だけではこと足りません。宗教のこと、心理学や歴史、文化などについての理解を深めておくことが患者理解に繋がります。また近年は、在院日数の短縮化で、在宅でのサポートが増えていますから、地域のことや行政の仕組みなどにも、ある程度明るくなければなりません。

医療者がよいと判断したことと患者さん自身がよいと考えることとは違うこともあります。例えば、患者さんは本当にその検査や治療を望んでいるのだろうかと疑問が感じられた時、看護師にはそのことを十分に説明し、場合によっては医師との話し合いの場を再度セッティングすることが求められます。また患者さんが迷いながらも選択できるだけの知識を提供するとともに、そのための時間を確保することも必要かもしれません。こうした状況で求められるのは、その場に応じた判断力、対応力であり、真のコミュニケーション能力なのです。

職業人である前に豊かな人格を備えた一人の人間であること

看護学教育では、とかく知識の詰め込み的な教育が行われがちです。国家試験がその先に控えていますから、4年間で学ばなければならないことは確かにたくさんあります。しかし看護師資格を得るということはその資格にふさわしい役割を果たし、責任が負えるということです。ですから大学の4年間では、ただ知識を詰め込むだけではなく、視野を広げ、幅広い考え方を身につけ、人間のベースとしての部分、自分自身の幹となる部分を太くしてほしいと思います。そもそも病を得ることによって、患者さんによっては新たな生き方を見出すきっかけになることもあります。そうした関わり方ができるようになるためには、職業人である前に、豊かな人格を備えた一人の人間であることが求められるのです。

この点本学は、総合大学ですから他分野についても学びやすい環境にあります。また、視野を広げ、幅広い思考を身につけるには、他分野の人に自分の学問や仕事の内容について説明してみるのが効果的ですが、その点でも恵まれていると思います。その上、1学年65人に教員30名という徹底した少人数制でスタートしますから、教員側にも学生の育ちを≪待つ≫余裕が生まれ、高い教育効果を上げることができると思います。

カリキュラム面では、この数年続いた看護師養成課程と保健師養成課程が合わさった、いわゆる「統合カリキュラム」が2012年度からは見直されます。よって本学では看護学教育に焦点化し、過密にならない教育をスタートさせます。その結果、保健師養成は2年終了時に選抜制(15名)とし、助産師養成は大学卒業後の教育に委ねることにしています。

看護学との出会いを楽しんでほしい

近年は男子学生も1~2割程度入学するようになってきましたが、看護師は女性が力を発揮できる数少ない仕事であることに変わりはありません。男女共同参画社会とはいえ、女性が男性と同じようにキャリアを積むことができる仕事は、現実問題としてまだまだ少なく、看護師は魅力的な仕事といえます。よく問題とされる労働条件については、夜勤ができないと常勤者にはなれないなどの固定的な働き方を見直し、育休などを充実させ、ワークシェア、タイムシェアも可能な勤務形態も考えていこうという流れができつつあります。また、たとえ育休などで長期に離職したとしても、その間の日常生活経験が、復職後の患者理解に必ずや役に立つのもこの仕事のよい点といえます。

看護に進む動機について、私はあまり多くを問いません。就職率が高いとか、親に言われたから、であったとしても構いません。教員は学生が看護学に興味関心が持てるように導き、学生には看護学の学びを通して、人生へのチャレンジをしてほしいと思います。要は看護学に出会うことで、自分は何をしたいのかに気付き、看護学との出会いを楽しむぐらいの気持ちで、チャレンジしてもらえばいいと思います。

育てたいのは、看護師としての社会的責任が問われることを自覚した上で、たとえ一年目であったとしても、自分なりの責任をもって行動できる看護師です。「この大学に来てよかった」、そして、卒業後も、「今こうやって頑張っている」というメッセージをたくさん聞くことができれば嬉しいです。

Profile
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佛教大学 保健医療技術学部看護学科(2012年4月開設予定)
学科長予定者 保健医療技術学部教授

日隈 ふみ子 先生

京都大学医学部附属助産婦学校卒業。立命館大学大学院社会学研究科応用社会学専攻修士課程修了。社会学修士。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程満期退学。専門は母性看護学、助産学。著書に『世界の出産-儀礼から先端医療まで-』(勉誠出版)、『産む・産まない・産めない-女性のからだと生き方読本-』(講談社現代新書)など。