進路のヒント 目指せヒューマンケアリング 薬学・看護・臨床心理「臨床心理」

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臨床心理の仕事と学び、心構え 心を治療する 法政大学現代福祉学部臨床心理学科教授 久保田幹子先生

社会が豊かになると同時に、職場や人間関係が複雑化し、心のバランスを崩す人が増え、心のケアへの関心も高まっています。社会全体が心理的な支援に特に注目するようになったのは阪神淡路大震災以降ですが、今回の東日本大震災においても専門家による心理支援活動が積極的に行われています。その中心になっているのが臨床心理士。心のケアの重要性や臨床心理の学びについて、臨床心理士としての経験豊富な法政大学現代福祉学部臨床心理学科の久保田幹子先生にお聞きしました。

経済的豊かさや、社会の多様性が心の不安を生む

戦後、人々が共通の目標のもとに一致団結し、助け合いや分かち合いの精神が息づいていた時代から、経済的豊かさによって人々の心がある程度満たされる時代になると、個人の考えや生き方、理想、また家族のありようなどが多様化し、個人の選択肢も広がってきます。しかし同時に、どのような生き方を選ぶのかに迷い、心にさまざまな葛藤や不安を抱く人が増えてきているのも事実です。

私はこれまで20年以上、人の心と関わる現場を経験してきましたが、近年の環境の変化には著しいものがあります。ケータイやインターネットなどの普及によって、家族や親子のコミュニケーションから日常の対人交流の仕方までが大きく変わってきています。心の発達のプロセスそのものは変わりませんが、その表れ方が違ってきた。引きこもりや不登校などといった問題が出てきたのもこの間です。またうつ病などの疾患も、その病像(病気の表れた姿)は社会情勢や職場等の人間関係の変化によって様変わりしてきました。

当然、さまざまな領域で心の問題への対応が求められるようになってきました。医療現場、学校、児童福祉施設、家庭裁判所はもとより、一般企業でも生産性や復職の問題と関連して専門家を求める動きが活発になっています。また、本来そういう問題に対処すべき専門職の人たちに、心理的な負担がかかっているのも近年の傾向です。対処すべき問題が複雑化していることや、何でも引き受ける人に仕事が集中しやすいことがその原因だと思われます。人の生き方や家族のあり方を考える中で、またさまざまな領域、職場で、心理学的な理解の仕方というものが、今後ますます求められてくると思います。

臨床心理士の仕事とその魅力、求められる資質

臨床心理は、精神疾患や心身症、心理的な問題行動などで悩む人を支援したり、心理的な健康増進を進めるための学問で、臨床心理士などの資格を持った専門家によって、面接や相談、検査などが行われます。

臨床心理士の仕事は、他の専門職と協力して進める点に特徴があります。病院なら医師や看護師と、学校なら教員と、といったようにそれぞれの領域で専門職の立場を尊重しながら、援助を必要としている人へアプローチし、それぞれの専門職に心理学的な知見を提供します。

心の問題は、目に見えて症状や原因がわかりやすい体の病気と違って、外から映し出すことはできません。たとえば、もしひねくれた態度であったとしても、それは攻撃的な気持ちからではなく、心細くて助けてもらいたい気持ちの表れかもしれません。引きこもりも、弱虫で単に逃げたかったから、あるいは怠けたかったからではなく、自分が壊れないようにするための必死の防御かもしれないのです。このように表に現れる言動から人の気持ちを理解できるのはやはり心理の専門職であり、それぞれの立場の専門職が協力し合うことで、これまでにない成果を生むことができるのです。

目に見えないものを理解しようとする臨床心理士の仕事では、わからないことを前提に、それでも理解しよういう謙虚さが必要です。当然、援助は患者さんと同じ目線で行っていきますが、その中で患者さんが変わり、その人らしさを取り戻してくれたときの喜びはたとえようがありません。まさに人の力の可能性、人間の持っている成長の可能性が確信できる瞬間であり、やりがいを最も感じる時でもあります。

もちろん一方で、人が人を思いどおりに変えることはできないという無力感に直面することもあります。それだけに、一方的なアドバイスにならないよう相手の気持ちに十分耳を傾けていきます。またそうして関わる中で、自分にも似たようなところがあることに気づくこともあります。人の悩みを理解しようとする試みが自分自身の理解につながるのも、この仕事ならではなのです。

臨床心理士はさまざまな領域の中で活動しますから、基礎的な心理学的知識や精神医学的な知識に加えて、教育心理学や発達心理学など、それぞれの領域で必要とされる知識も必要です。また他の領域の専門職と仕事をすることがほとんどですから、実際に援助をしていく上での心理療法や治療のスキルに加えて、対人コミュニケーションを含めたソーシャルスキル(社会性)を身につけ、幅広い人間性も養っておかなければなりません。

育てたいのは自由な発想を持った学生。
求めるのは人の心のありように関心のある人

近年は受け身的な学生が増えている印象もありますが、私は大学で臨床心理を学ぶにあたってもっとも大事なのは、自主性や主体性だと思っています。自分で自由に発想する姿勢です。そのためには目の前のものをそのまま無批判に受け入れるのではなく、なぜそうなるのか、背景には何があるのかなどと、まず素朴な疑問を持つこと。そしてその上で、何事も自分で調べてみるという習慣を身につけてほしいと思います。このことが、専門とする人の心や気持ちを考えることにつながっていくのです。

本学科では、2年生から専門ゼミを用意して、学生が早い段階から主体的に考えることを後押ししています。たとえば私のゼミでは、基礎的な知識をグループごとに自分たちで調べて発表し、それについてみなで議論することにしています。3、4年生は合同で行いますが、やはり個人やグループで関心のあるテーマを調べて発表し議論します。ちなみにこの時間に、4年生は卒論の作成プロセスを発表しますから、3年生は自らのテーマ設定の参考にすることができます。

本学科が求めるのは、人の心のありように目を向け、その成長や変化に関心がある人です。ただしその関心とは、上から目線でも興味本位でもなく、真摯にそして誠実に向き合おうとする姿勢を指します。援助を必要としている人の立場になって考えればわかると思いますが、自分の心を安直に理解したような態度を取られれば傷つくでしょう。また相手の気持ちに共感することは、同情とも違うのです。

臨床心理士の資格を取得するかどうかを入学する前から決める必要はありません。臨床心理を本格的に学ぶことは、専門職としてだけでなく、一般企業で働く際にも必ず役立つものだからです。ただ、臨床の仕事は、理論を学んだだけでは現場で通用しません。理論から人を理解しようとするのではなく、人を理解するために知識や理論が必要なのだという考え方は持っておいてほしいと思います。

私自身、大学で教鞭をとると共に、病院での仕事を続けています。よりよい臨床家を育てるためにはできるだけ現場の雰囲気や経験を伝えることが重要です。これからも、教育と現場の橋渡し役ができればいいなと思っています。

Profile
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法政大学現代福祉学部
臨床心理学科教授

久保田 幹子 先生

聖心女子大学文学部教育学科心理学専攻卒業。東京慈恵会医科大学精神医学講座心理研修生、国立小児病院アレルギ-科、練馬区教育相談所、東京慈恵会医科大学付属第三病院精神神経科における勤務(臨床心理士)を経て、ミシガン大学精神神経科で認知行動療法、入院・外来治療および精神分析的精神療法の研修を行う。2000年に帰国後、上智大学大学院文学研究科臨床心理学専攻博士後期課程を単位取得満期修了。法政大学現代福祉学部准教授、2010年より法政大学現代福祉学部教授・大学院人間社会研究科教授。専門は、臨床心理学、心理療法(森田療法、カウンセリングなど)、心理査定。授業は「投映法特論」「比較心理療法特論」「臨床心理基礎実習」「医療心理学特論」を担当。主な著書に『臨床心理学への招待』(共著、ミネルヴァ書房)、『心理療法プリマーズ「森田療法」』(共著、ミネルヴァ書房)などがある。聖心女子学院高等科出身。

法政大学現代福祉学部臨床心理学科の特色
現場を知ることと体験を重視

法政大学現代福祉学部臨床心理学科は、東京六大学で初めて臨床心理を本格的に打ち出した学科。臨床心理士になるには、財団法人日本臨床心理士資格認定協会の資格試験に合格することが必要だが、試験を受けるためには臨床心理士養成のための指定大学院または専門職大学院を修了しなければならない。そこで、法政大学では大学院人間社会研究科に第1 種指定大学院として臨床心理学専攻(修士課程)を設置し、臨床心理士を目指す学生のための6年一貫の教育体制を整えている。

教授陣にはカウンセリング、心理査定、コミュニティ心理学、森田療法、内観療法、精神分析など、さまざまな領域の第一線で活躍する人材を幅広く揃え、学科全体で臨床現場で生きる知識を身につけることを狙いとしている。

専門ゼミは2年生から全員が所属することになっており、最大でも約15人という少人数制をとり、きめ細かな対応を目指している。

学生時代から現場経験を積むことを特に重視し、実習にも力を入れている。具体的には、教育相談センターや病院などにおける臨床心理現場見学、内観療法やエンカウンターグループなどを学ぶ臨床心理研修、学校や不登校児キャンプなどでの臨床心理フィールド実習がある。実習先では、実際に子どもに関わったり、勤務している心理の専門家からその役割や仕事の内容を聞いたりする。ほかにスウェーデン、フランスへ出かけ、現場を見学して講義を受けたり現地の学生と交流したりする海外福祉研修がある。

課外活動としては、福祉系や心理系のボランティアサークルも多く、学校現場で特別支援教育のサポートをするなど、数多くの現場体験を積み重ねている。

今回の東日本大震災で、法政大学は後方支援基地となっている岩手県遠野市と連携しているが、現代福祉学部では、「東日本大震災の被災地から学ぶ~岩手県遠野市プログラム~」を8月に実施。学生が被災者の話を聞いたり、復興ボランティア活動に参加しながら、心身の成長を図り、復興の現状を把握し、社会貢献の意義を理解することが目的。授業の一環で、参加者には事前研修、事後研修が課される。

就職先はさまざま。臨床心理士の資格を取得していなくても、心について本格的に学んだ人材ということで企業の就職に繋がる場合もある。臨床心理士はスクールカウンセラーを筆頭に、医療、福祉、司法などでそのニーズは確実に高まっている。ほかに開業する道もある。今後、国家資格化される動きもあるが、そうなれば活躍の場が広がる可能性もあるだろう。