進路のヒント 《工学特集》 工学を楽しもう! NEDO宮田清蔵先生の素晴らしき工学人生

写真 宮田 清蔵 先生

いまは、画期的な新素材カーボンアロイに夢中

独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)シニアプログラムマネージャー
宮田 清蔵 先生

白金に替わる新しい触媒が見つかった?

1グラム4000円。1台に100グラム。これは、CO2を全く排出しない未来の自動車で使用される燃料電池の触媒として使われる白金の値段と量を表した数字です。

CO2による地球温暖化対策として、目下、従来のガソリン車からエコカーへの転換が世界的に進められていますが、それに欠かせない燃料電池に使う白金代が4000円×100g=40万円もしていては、なかなか普及には弾みがつきません。まして、界の車を約8億台と仮定して、それらすべてをエコカーにするには、100g×8億の白金が必要ですから、現在、白金の年間の採掘量が200t―そのうち車用は約50t―であることを考えると、まず供給面からも限界があります(※)。CO2を排しない車の普及には、希少金属である白金に代わる安価で手に入りやすい代替物の開発が不可欠なのです。

※主な産地は南アフリカとロシアで、地下数千メートルから掘り出されている。

最初は誰もが疑う

今から5年前、群馬大学の尾崎純一教授から、酸素分子を還元する新しい炭素素材を発見したのでそれを電極に使った燃料電池を開発したいと、NEDOの提案公募型研究事業に応募がありました。

炭素は導電体ですが、触媒機能を有するはずはないと、最初は関係者全員が疑ってかかりました。しかし気になった私は、開発者に会いに行ってみました。彼が開発したのは、植物の燃えカスなどのどこにでもある炭素(カーボン)に、空気中の窒素を数%混ぜたものでした。コストはほとんどかかりませんし、もともと植物ですからCO2の問題も少ない。それが電気を通し、燃料電池の電極の触媒として使えるというのです。

この目で確かめてみても、確かに現象は本当らしいことがわかりました。しかしなぜそうなるのか、どこで何が起こっているのかは、開発者本人もよくわかっていません。また仮にそれが本当だとしても、いかに発電効率を上げるかも課題です。しかし何かがひらめいた私は、まず少額を2年間支援するよう、報告書を作成しました。そして、その間、仲間の専門家と徹底的にこの素材を検証してみることにしました。

排ガス浄化にも有効

カーボンということから、私には排ガス浄化の触媒としても使えるのではないかというアイデアも浮かんできました。環境対策というと、現在は、エコカーの普及ばかりが大きくクローズアップされていますが、ガソリン車の排ガス問題はこれからが正念場を迎えます。というのも、車の急増する中国やインドには、日本のような排ガス浄化規制がないからです。エコカーのシェアは、今後、増加はしても、世界のほとんどの車は当面ガソリン車のままです。中国やインドに排ガス浄化規制がないことは、温暖化だけでなく、NOXなどによる環境汚染にも深刻な影響を及ぼします。また日本でいうと、現在、排ガス浄化機メーカーが輸入している白金は年間数千億円に上ります。もし安価で、手に入りやすい素材から性能のよい触媒が作れるのなら、CO2削減に加えて環境汚染対策に、そして日本では資源確保の安全性の観点からも一大ブレークスルーになることは間違いありません。

最初は眉唾かもしれないと思っていた人たちも今では本気で、去年からはナショナルプロジェクトに発展しています。の新素材、カーボン合金と呼ぶ人もいれば、アメリカではメタルフリー、私たちはカーボンアロイと呼んでいます。

ワクワク、ニヤニヤが始まった

現在、カーボンアロイを使った燃料電池の発電量は、実験では1cm2あたり0・56Wで、これをA4版の大きさ(20×25㎝=500cm2)にすれば約250W、さらにこのシートを500枚積み重ねると125kWとなって、自動車を150㎞で走らせるようになります。発電効率はまだ白金に20%ほど及びませんが、実用段階にはほぼ近づきつつあります。

浄化装置としては耐久性能が問題で、どうすれば10年もつものにするか、今後は過酷な耐久テストも必要です。しかし自動車メーカーからはすでに、「大レボリューションだ」という声も出始めています。どこにでも転がっている炭素を使ってそれに窒素を混ぜるだけで白金と同じように発電でき、しかも従来の自動車の排ガスの浄化作用ももつのです。

カーボンアロイはまさに夢の新素材であり、製品化に成功すればノーベル賞級の発明、発見となるのは間違いありません。私はいつものことながら、こんな風にアイデアが膨らんでくるとワクワクし、確信が深まってくると思わずニヤニヤしてしまうのです。

サイエンスのこれまでの常識も塗り替える

白金では、原子核の回りを電子が6つの軌道を描いて回っていますが、その外側から2番目の、エネルギー準位が5番目に高い5d軌道を回る電子が酸素分子と相互作用して酸化触媒反応を起こすとされてきました。しかしカーボンや窒素の原子番号からわかるように、2p軌道しか持っていません。そのため、これまでは、このような金属以外の物質が酸素を還元することなど考えられなかったわけです。したがって、カーボンアロイは応用分野で大きな広がりを持つだけでなく、従来の触媒化学を一新する全く新しいパラダイムをもたらすと思っています。また、高分子を専門とする私からすると、排気ガスの浄化や燃料電池に必要な化学反応を炭焼きのように炭化した物質で行えるのですから、興味はさらに尽きません。

来春から私は、再び研究者に戻り、学位を取った東京工業大学の特任教授として、このプロジェクトを今後5年間に亘ってリードする予定になっています。工学はいつまで経っても私を楽しませてくれるようです。