進路のヒント 《工学特集》 工学を楽しもう! コミュニケーションを楽しくする、夢のような研究

写真 渡辺 富夫 先生

少ないからこそ注目される、工学分野でいま、女子であることはメリット

岡山県立大学 情報工学部長・研究科長  
渡辺 富夫 先生

人を引き込む身体的コミュニケーションの不思議さ

「授業のじゃまにならなければ、眠っていても構わない」、こんなことを言う“学生思い”の先生もいますが、間違っているのは明らかです。他の人から眠っている様子が見えるだけでも、授業という場における先生と学生との間のコミュニケーションには悪い影響が出るからです。

これを説明するのに私がよく引く例が、適正な消費税率を問う実験です。講師が消費税率が現状の5%では今後の国家財政をうまく運営できないことを学生に説明するCGで作ったビデオを学生に見せ、その後で消費税は何%が適当と思うかを問います。CGは二種類で、一つは学生が講師の話をうなずいて真剣に聞いているもの、もう一方は講師の話を学生がだらけた状態で聞いているものです。後者を見た学生グループでは、適当と思われる消費税率の平均は5・31%と出たのに対し、学生が真剣に聞いている方を見たグループでは、6・92%という高い数字が出ました(※)。

これは、同じ場を共有する人間の間では、話の内容とは別に、うなずきや身振り・手振りなどによる身体的コミュニケーションが人への情報伝達に大きな役割を果たしていることを示す一例です。同様に、ロボットに語りかけた場合、ロボットがうなずくようにすると、話し手がよい影響を受け、発話特性が格段に良くなります。聞き入ってもらうことで、気持ち良くのって話すため、聞き手と息の合ったコミュニケーションがとれるのです。 人間にとって、リズムが合うのは快楽ですし、それは心を通わせる基盤です。いい授業では、講師と学生が引き込むことで一体感が生まれ、講師の話し方にも一層熱が入るという好循環が生まれます。もしそこに居眠りをする学生が混じってしまうと、その場の雰囲気が変わり、熱心に聞こうとしている学生が不利益を蒙ってしまうのです。

※2007年、NHK『解体新ショー』でも同様の実験を行い、同じような結果が得られた。

インタアクターとインタロボット

私の研究は、このように人間のコミュニケーションに大きな影響を与える身体的コミュニケーションを工学的に解析、理解し、それを元に人間が豊かなコミュニケーション活動を行うのを支援するツールシステムを作ることを目的としています。具体的には、身体的バーチャルコミュニケーションシステムと、音声に基づく身体的インタラクションシステムの二つに大別できます(図1)。

前者では、バーチャルアクターという仮想の人物を介して、人がコミュニケーションするときの身体動作、韻律情報、それらのタイミングがずれた場合の影響など、様々な情報を加工して、人間のインタラクションコミュニケーションの特性を構成論的に解析します。たとえば聞き手がうなずきを止めた時と、理想的なうなずきをした時の頭部の動きの違いを見て、それが話し手や、その話し方にどのような変化を起こすかを解析するといった具合です。

身体的インタラクションシステムでは、こうした解析に基づいて、発話音声から話し手や聞き手としての引き込み動作を自動的に生成するCGキャラクター(インタアクター)やロボット(インタロボット)など、人のコミュニケーションを支援するツールの開発を行います。さらに、日本科学未来館の身体的集団コミュニケーションシステム(SAKURA)の常設展示では、インタロボットやインタアクターを複数配置し、集団での引き込みがインタラクションの場の生成に及ぼす不思議な影響力を体験してもらっています(図2)。そしてコミュニケーションの前提となる一体感や共有感、さらには安心感や信頼感を備えた場というものを作ることができるかのを試しています。

私の作っているCGキャラクターやロボットに共通するのは、決して人の言葉を認識して動いているのではない点です。ロボットをはじめとした、人工知能やヒューマンインタフェースの研究というと、一時期は言語を徹底して追及していくのが主流でしたが、私の場合はそれとは一線を画します。

インタロボットが聞き手としてうなずき、対話相手の音声に基づいて話し手としての動きをするのは、発話音声を時系列解析してそれを身体的リズムの引き込み反応に応用しているだけです。にもかかわらず、製作者の私までが、思わずその反応に意味付けしてしまうのです。まるで話がわかっているようだ、と。人間のコミュニケーションが、いかに身体的インタラクションによって大きく影響されるかがわかるのです。

   

応用範囲は広く、夢は広がる

そもそも私の一連の研究は、1978年、東京大学医学部小児学科との共同研究、『乳幼児とお母さんのインタラクションのメカニズムの解析』に始まります。当時はロボット研究、ヒューマンインタフェース研究の創成期で、母親の話しかけに手足をばたつかせる赤ちゃんの動きや音声を画像解析し、そのメカニズムを人と機械のコミュニケーションに応用できないかと考えたのです。出産によって、ハードウェア的には母親から引き離された赤ちゃんは、ソフトウェア的な一体感を求めて、生体リズムを同期させようと盛んに引き込みを行います。そして母親の声に対して何十万、何百万回と引き込み動作を繰り返し、その過程で言葉を獲得していくのです。

ですから、人間の身体的コミュニケーションの原点には、この引き込みの原体験が備わっている、言い換えると、このような体験を持つ人間にとって、身体的コミュニケーションは、言葉と同じように極めて重要なものなのです。

こうした人間本来の身体的コミュニケーションのメカニズムを工学的に実現したのがインタアクターであり、インタロボットです。うなずきなどの身体的コミュニケーションを実際にシステムとしてつくりだすことによって、その本質を明らかにする。まさにこれが工学の醍醐味です。しかも、音声から豊かなコミュニケーション動作を自動生成するシステム・技術は、メディアロボットから・コンテンツ制作や携帯電話・インターネット等の対話インタフェース、教育現場での学習支援ツールまで、教育、福祉、エンタテインメントなどの広い範囲で、簡単に応用ができます。うなずく植物「ペコッぱ」は、場を和ませ一体感や共有感を促進する「うなずき理論」効果を広く一般家庭やオフィスに普及させています(図3)。今後もコミュニケーションの不思議さに感動し、夢のある研究を進めていきたいと思います。