進路のヒント ススメ!理系特集

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低線量放射線の影響はこれからの生き方で変えられる (財)ルイ・パストゥール医学研究センター インターフェロン・生体防御研究室長 NPO法人知的人材ネットワーク あいんしゅたいん 宇野 賀津子先生

免疫の専門家であり、東日本大震災後はNPO法人あいんしゅたいんの「情報発信グループ」の中核として、わかりやすく公正な情報を発信している宇野賀津子先生に、人体が受ける放射線の影響やその対策についてうかがいました。

専門家の意見がわかりにくいワケ

3月11日の地震、そして福島原発事故の後、理事長の坂東先生と相談してあいんしゅたいんの会員を中心に、必要な情報を、できる限り正確なものを選んで、わかりやすく発信していくことにしました。

さまざまな専門家が集まって作業する中で気がついたのは、物理系と生物・医学系の研究者との間に存在する、放射線に対する理解のギャップでした。放射線を扱い、原子炉の研究をしてきた物理系研究者にとって、放射線は突き詰めれば原爆・水爆で、危険なものです。そのせいか、多少その影響を大げさに言ってもよいという傾向が強いようなのです。

一方で、生物・医学系の研究者は放射線生物学や放射線医療などで多くの人を助けてきた経験があります。がん細胞に集中して当ててはいるものの、がん治療では概算して総計数十Sv(シーベルト)を照射することもありますから、少々の数値では驚きません。

こうした専門家間のギャップが「どの情報が正確なのかわからない」「誰の言うことが本当かわからない」という不安につながる一要因だと感じました。私は、かつてのエイズパニックを教訓に、過小に言うのも過大に言うのも不正義だと思っています。なるべく現実的な数値を出して発信するのが研究者の務めだと思うのです。

図1 日本における大気中の放射性物質月間降下量

がん化のリスク

放射線の影響を考えたとき、現在、特殊なところを除いて、年間被爆線量は100mSv以下。広島長崎原爆時のデータで見る限り、明らかな影響は検出されていない数値です。(100mSv以下の低線量の影響では、検出されていないというのが正しい言い方ですが、大きな健康影響はないと考えられます。)世界中で原水爆実験が行われていたため、1950、60年代は高い放射線レベルが長期間維持されていましたが、それでがんが増えたという事は特には報告されていません。

そうではあっても、10月現在、ほぼ空気中の放射線は事故以前のレベルに低下しているとはいえ、一過的に大量の放射線が出たことは事実ですから、いま考えるべきは、低線量放射線の問題、がんと老化への影響です。これは、被曝して数年から数十年後に表面化することから、晩発効果といわれています。また、すべての人に影響が表れるわけではないことから、くじにたとえられることもあります。現時点であびてしまったものはなかったことにはできません。しかし、これからの生き方で、影響を軽減することも可能ですし、くじに当たる確率を低くして、20年30年先の未来を変えることはできます。

がんと老化への影響とは、放射線によるDNA(遺伝子)障害によって起こります。放射線が直接DNA を傷つけることもないわけではありませんが、大半(6~7割)は、放射線が体内にある水分子に当たり、水素結合が外れて活性酸素が発生することでDNAを傷つける間接作用です。

活性酸素は、紫外線やたばこ、肥満などによっても体内で作られます。そこで、健康へのリスクを、たばこの害や肥満などとともに比較してみました(図2)。寿命を縮めるリスクとしては、年間10mSvの場所で暮らす場合が51日、1日20本のタバコを吸って暮らすと6年です。

図2 私達の身の回りの活性酸素

活性酸素を抑え、免疫力を上げてがんリスクを軽減する

図3 宇野賀津子INF-α産生能個人史

DNAは傷ついてすぐにがん化するわけではありません。一本鎖の場合はほぼ100%、二本鎖でもほとんどの場合、切断されても修復されます。それでも修復できずに異常な細胞ができてしまった時は、異常細胞をチェックして自殺に追い込むシステムが働きます。このような細胞の死に方をアポートーシスといいます。またそれでも生き残った異常細胞は免疫細胞によって、除去されます。そのときに活躍するのがリンパ球の一種であるNK(ナチュラルキラー)細胞です。放射線障害の修復機構の存在については、マウスの研究でも明らかになっています

変異した細胞の除去に働く最後の砦が、体内の免疫システムです。前述のNK細胞は日夜変異細胞を除去していますし、NK細胞活性の低い人では発がん率が高まるとの研究結果も出ています。また、放射線障害の影響として、老化による慢性炎症(炎症はがん化を促進させる働きもあります)の報告もあります。慢性炎症が起こると炎症性のサイトカイン(免疫を活性化させたり抑制させる物質)が過剰に分泌されて疾病につながるのです。

私はサイトカインの中でも代表的なインターフェロン(生理活性物質)を作る能力について長年研究を重ねてきました。その中でわかったのは、免疫機能は恐怖やストレスにとても弱く、心の状態がその正常な機能に影響するということです。私の免疫能測定の個人史では、ヘビに出くわした直後が最低でした(図3)。低線量放射線の影響を過大に述べる一部の人たちには、人々の恐怖感を煽り、ストレスを与えることで逆にがん化のリスクを高めている可能性もあることを知ってほしいと思っています。

低線量放射線の障害として心配な活性酸素の害ですが、その他にも、アルツハイマー病やパーキンソン病、心筋梗塞、動脈硬化症、老化など幅広い疾患に関わっていることが明らかになっています。活性酸素の害は、カロテノイドやポリフェノールに代表される抗酸化食品をとることで減らすことが可能です。ビタミンC、Eも強い抗酸化作用を持っています。放射線の影響を懸念して、子どもを外で遊ばせない、給食の野菜を食べさせたくないといった声もあるようですが、運動不足や抗酸化作用の強い野菜不足もまたがん化や老化のリスクを高めることを知ってほしいと思います。

※ ラッセル等による、メガマウスプロジェクトといわれる300万匹のマウスを使った研究。1から数カ月間に分割して放射線を照射した場合と、同一線量を一括して照射した場合とでは、精原細胞の突然変異率が3分の1になることが明らかになり、修復機能が存在することが示唆されています。つまり低線量放射線の影響を明らかにするためには、桁違いに多数のマウスを使った研究が必要というわけです。

理系女子へのメッセージ

みなさんは、みなさんのおばあさんだけでなく、お母さんとも違う、新しい時代を生きることになります。豊富な電化製品は家事労働の時間を短縮しますし、情報通信の発達はさまざまな環境での仕事を可能にするでしょう。妊娠、出産は女性のみが抱える宿命ですが、長い人生、結婚と子育てだけでは終わりません。結婚しない選択肢もあります。80年以上の人生をどう生きたいか、そのために、いま何をすべきか考えてみてください。数年の回り道もよいでしょう。いまは無理だと思うことでも、科学技術の進化で、5年先には可能になっているかもしれません。自分のライフサイクルを描きながら、いまを生きてください。

Profile
宇野賀津子先生の写真

(財)ルイ・パストゥール医学研究センター インターフェロン・生体防御研究室長
NPO法人知的人材ネットワーク あいんしゅたいん

宇野 賀津子 先生

1972年大阪市立大学理学部生物学科卒業。京都大学理学研究科(博士課程動物学専攻)単位取得退学。理学博士。86年より京都パストゥール研究所(現ルイ・パストゥール医学研究センター)に入職。著書編著に『理系の女の生き方ガイド』、『サイトカインハンティング:先頭を駆け抜けた日本人研究者達』など。ヒトのインターフェロンシステム、病気と免疫機能の関連について研究を重ねるとともに、エイズ教育、がんの生きがい療法に関わってきた。性差・女性のライフサイクルの研究や女性研究者支援活動にも取り組む。大阪府立三国丘高等学校出身。

※この記事は、大学ジャーナル2011年11月号(Vol.96)に掲載された当時のものです。