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数学が支える「情報科学のおもちゃ箱」 大震災時の通信とオバマ大統領までの距離、そしてのだめのピアノ演奏に共通するものは? 関西学院大学 理工学部 情報科学科 准教授 巳波弘佳先生

「友人の友人の友人がインターハイで優勝した」――この手の反応に困る自慢話を聞いたことはないでしょうか?友人や、友人の友人ぐらいならまだ関心をもって聞くことができるかもしれませんが、それ以上になると、そもそも自慢になるのかどうかも怪しいところです。友人の友人をたどって行くと、いずれは世界中の誰にでも到達できるかもしれません。

それでは、いったい何人の友人を介すと、アメリカ合衆国のオバマ大統領にまで到達できるのでしょうか?百人?いや、千人 巳波弘佳先生は、数理工学を武器に、このようなネットワークの問題をはじめ、エレベータ運行制御の最適化やピアノ演奏のCG作成まで幅広い対象を研究しています。数学を共通の根っこに持ちながら、意外な分野にも研究の幅を広げる先生の「情報科学のおもちゃ箱」を紹介します。

スモールワールド

ネットワークが見せる不思議な性質

「スモールワールド」という言葉をご存知でしょうか?

友人・知人のネットワークには、およそ6人の友人・知人を介せば、その中にいるどの人ともつながるという特徴があります。たとえ総理大臣であっても、人気俳優であっても、高名な芸術家であっても、その人は、あなたの「知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの知り合い」である可能性が非常に高い、ということができるのです。

これは、人間のネットワークだけではなく、コンピュータネットワークなど他のネットワークでも同じように当てはまります。わざわざそうなるように考えて作ったわけではなくても、自然にできるネットワークには、このような特徴があるのです。

数学の応用範囲は広く効果も大きい

先ほどのスモールワールドは社会心理学から提起されたアイデアでしたが、詳細に分析を加えるのは数学の得意分野です。数学というと、数式と整然とした図形しか扱わない硬い学問だと思っている人も少なくないでしょう。しかし、現代の数学では、ネットワークのようなグラフ(たくさんの点を線で結んだもの)を扱ったり、コンピュータで処理する手順(アルゴリズム)の効率化やその限界を扱う計算量理論といった分野があったり、また制約の下でなにかを最適化するといった最適化理論といった対象も扱われていて、高校で習うよりもはるかに柔軟で応用範囲が広い学問なのです。

これだけ応用範囲の広い数学ですから、現実に対しても大きな効果を発揮します。私が企業にいた時に取り組んだのは、通信ネットワークの最適設計でした。日本全国、全世帯に張り巡らせる巨大なネットワークですから、最適化によって1%のコストを削減できるだけで何十億円もの経済効果がありました。

私の研究のモットーも「数学を武器に、おもしろそうなことはなんでもやる」という姿勢で、研究対象も非常に多岐にわたっています。

限られた環境下での情報通信

現在、関心を持っているのはDTN(Delay Tolerant Network : 遅延耐性ネットワーク)です。DTNとは、大規模災害などで通信環境が劣化した状況において、いかにして効率的な情報の共有や収集を行うのかを考えたネットワークのことです。

大規模災害時には、通信ケーブルが損傷することも考えられます。今回の東日本大震災では、大規模な通信ネットワークの損傷が実際に起こりました。そのような状況での効率的な通信に関して、移動できるセンサ同士が受け取った情報を蓄積しておいて、通信できる距離まで近づいたら情報を共有したり、携帯電話同士を直接接続したり、といったアイデアが出されていて、将来の災害に備える技術として期待されます。

また、今後重要性を増していく海洋資源の探査では、大量のセンサや探査機を水中に投入し、水中での通信が不可欠です。ところが、水中では電波がすぐに減衰するため、音響通信などを用いざるをえず、厳しい通信環境となります。他にも、深宇宙の探査では、遙か遠くの探査機との通信において光の速度が制約となります。このような環境での通信にはDTNの研究で得られた成果が必ず求められるのです。

数学は新しいものの考え方と出会える分野

数学は新しいものの考え方がふんだんにあり、新しい考え方と出会える分野です。

たとえば、結び目理論という分野では、結び目がほどけるのか、ほどけないのかを数学で扱いますが、その知見は化学や生命科学へと応用されて、新たな物質の分子構造の設計に活かされています。また、グラフ理論は四色問題を解決しただけではなく、携帯電話の電波資源――限られた周波数帯の効率的利用のための制御アルゴリズムにも応用されています。

さらに、微分は本来、連続極限を考える分野ですが、それを写像(関数)として捉えたり、代数的な構造に着目したりすると、思いもよらない発想にたどり着くことがあります。これも数学を学ぶ楽しさのひとつです。

数学の未解決問題のひとつに「P≠NP 問題」というものがあります。これは「答えが与えられてそれが正しいかどうか判定することと、答えそのものを求めることに難しさの違いがあるのか?」という問題です。前者の方が明らかに簡単そうな気がするのですが、論理的に考えると、答えの正しさを「判定する」アルゴリズムと、答えを「求める」アルゴリズムの効率化限界に差異があるか否かという計算量理論の問題であり、証明が極めて難しい未解決の問題なのです。

評論家になるな行動する人であれ

高校生のみなさんには「数学ができる」という意味を取り違えないでほしいと思います。数学ができることと、数学のテストで点数が取れることとは同じではありません。テストの点数はあまり重要ではなく、それよりも数学に興味を持って、納得がいくまで考え続けることができる人こそ数学ができる人なのです。公式を与えられて、何の疑問もなく暗記するのではなく、「なぜこの式になるのか」と考えて数学に臨めば、たとえ公式を忘れても自分で作り出せるはずです。

それから、評論家ではなく行動する人であってください。「できない理由」を探すのではなく、仮説をどんどん立てて証明しようと試みたり、ソフトウェアを開発してみんなに使ってもらって意見をもらい改善していく――リナックスのようなオープンソースソフトウェアの成功は、このようなマインドを持つ人々によって切り拓かれたひとつの例なのです。

コラム

巳波先生の研究がどれぐらい多岐にわたっているのかよく分かるエピソードを2つ紹介しよう。

1つはアニメ「のだめカンタービレ巴里編・フィナーレ編」への制作協力。従来、ピアノの演奏をアニメーションで表現することは困難だった。ピアニストに実際に弾いてもらってモーションキャプチャを使っても、誤差が大きすぎることと指が手にかくれてデータが欠落することのために、使えるデータにならなかった。

そこで巳波先生の出番となった。モーションキャプチャで得られた動きのデータに、手の形や曲のデータを組み合わせることでノイズを除去して、きれいなデータを取り出し、ピアノ演奏のリアルなCG作成に世界で初めて成功したのだ。

もう1つは、マルチカーエレベータという1本のシャフト内で複数の箱が上下する超高層ビル用のエレベータの効率的な制御に関する研究だ。建築物の超高層化にともなって、エレベータのより効率の良い制御が求められるようになったが、その研究はほとんど進められていない。そこで企業が中心になって制御方式のコンテストが開催され、巳波先生の研究室の学生チームが出場。他のチームに大差をつけて優勝した。圧勝の秘訣は発想の転換。従来の常識であるゾーン別運行(上の箱は100階~50階など)をやめて運行の自由度を上げ、解の候補を効率的にたくさんチェックするアプローチによって、強力な最適化アルゴリズムを作り上げた。

グラフやネットワークとは一見関連のない研究のように思えるかもしれない。しかし、すべての研究が数理工学の対象であり、先生のモットー「数学を武器に、おもしろそうなことはなんでもやる」を実践した結果だ。先生はご自身の成果を「情報科学のおもちゃ箱」と称している。

Profile
巳波弘佳先生の写真

関西学院大学 理工学部
情報科学科 准教授

巳波 弘佳 先生

1992年東京大学理学部数学科卒業後、NTT情報流通基盤総合研究所勤務を経て、2002年より関西学院大学理工学部情報科学科へ。離散数学・最適化理論の研究や、通信ネットワークに関する研究開発に携わる。博士(情報学)。灘高等学校出身。

※この記事は、大学ジャーナル2011年11月号(Vol.96)に掲載された当時のものです。