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量子コンピュータの実現も一歩引き寄せる 世界で初めて、
「シュレディンガーの猫」状態にある光のテレポーテーションに成功! 東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 教授 古澤明先生

「シュレディンガーの猫」、「EPRパラドックス」。量子力学や不確定原理について語られる際に必ず出てくるこれらの思考実験及びその概念が、登場してからおよそ100年。この春、実現が難しいとされるこれらの有名実験を組み合わせ、「シュレディンガーの猫」状態にある光のテレポーテーションに成功し世界を驚かせたのが、東京大学の古澤明先生。どこに世界が注目したのか。また量子コンピュータの未来などについて、お話しいただきました。

※提唱した、アインシュタイン、ボリス・ボドルスキー(1896~1966、ソ連)、ネイサン・ローゼン(1909~1995、アメリカ)の3名の物理学者の頭文字からとった。

不確定性原理とは

最初にお断りしておきますが、量子テレポーテーションやその技術を応用する量子コンピュータの概念は、きわめて難解です。ここではできるだけみなさんの理解できる範囲の知識を使って、その一端をご紹介しますが、まずは一連の研究のベースとなっている量子力学について簡単に説明しておきましょう。

量子力学の基本は、ハイゼンベルグ(1901~1976)によって確立された不確定性原理に基づいていますが、これはある量子(光子や原子などのミクロな物質)の位置と運動量(質量×速度)は同時に測定できないというものです。

物体の位置や大きさ、形は、ぶつかったものの反射で確かめることができます。私たちが様々な物体について、それらを認識できるのは、そこにぶつかった光の反射によります。この時、光が当たることで物体が動くということはまずありません。しかし、極めて小さい物体の場合は、光が当たると動いてしまい、もともと止まっていたのか動いていたのかがわからなくなります。たとえば原子のような光と変わらないスケールのナノの世界では、観測によって原子の運動量は完全に乱れ、位置がわかった瞬間には、運動量がわからなくなってしまいます。これが不確定性原理です。不確定性原理で記述される世界では、F=ma のような力学法則は普通にはつくれません。そこで、このような≪ゆらぎ≫を含めて記述できるような力学体系が必要になってきます。それが、量子力学です。

量子力学では、観測するまである粒子が「ある」か「ない」か、「動いている」か「止まっている」かなどは決められないとして、両方の事象が起こる可能性が、ある確率で同時に存在しているという意味から、≪重ね合わせ≫という状態を考えます。例えば、ある粒子は、「ある」確率が50%、「ない」確率が50%で、重なり合った状態にあるとされます。量子力学ではこのような状態を≪波束≫というもので表し、「光子や原子などの量子は観測されないときは波で、観測すると収縮して粒子の形をとる」などと表現します。観測したら動いてしまうという事実を含めるには、点ではなく、波のように≪ゆらぎ≫を持ったもう少し大きなものを考える方が好都合だからです。

もちろん、「波であって粒子である」とか、≪波束≫などといった概念は、一つの仮定にすぎません。しかし少なくともこれまで、これを使って物理事象を説明できているわけですから、十分信頼に足るということになっているわけです。

当然、≪波束≫や≪収縮≫とはそもそも何かという問いも出てくるわけですが、それらは≪解釈問題≫と呼ばれて様々なところで議論されています。しかし、この答えについては実験などで確かめることはできません。量子力学は自然を語る言葉で、それは解釈してはいけないものだと私は考えています。ちょうど、「私は……」という文章で、なぜ≪は≫と書くのかを疑問にしてはいけないのと同じように。量子力学の理解は、「波束が収縮する」とか、「位置と運動量が同時に決まらない」という表現を、そういう言葉のルールなのだと考えることからまず始まるのです。

二つの思考実験

「シュレディンガーの猫」や「EPRパラドックス」というのは、頭の中で想像するだけの実験と言う意味で、≪思考実験≫と呼ばれます。20世紀初頭、量子力学の研究者の間では、こうした思考実験がいくつも考えられました。ただ当時は、それらを実証するだけの技術がありませんでした。

「シュレディンガーの猫」は、原子核の崩壊を検知すると毒を入れたビンが割れるような装置と猫とを、箱の中に一緒に閉じ込めたとき、箱の中の猫はどういう状態になっているかを想像してみようという話です。

量子力学では、原子核の崩壊も重ね合わせ状態で表現されます。「崩壊する」と「崩壊しない」の二つの場合は、ある確率で同時に存在しますから、猫が「生きている」か「死んでいる」かについても重ね合わせ状態ということになり、箱を開けた瞬間にどちらかに収縮することになります。

これは、エネルギースケールの小さいミクロな世界だけでなく、私たちが普段接している多数の量子が関わるマクロな世界でも、量子力学的な事象が起こり得ることを示唆します。

一方、「EPRパラドックス」とは、次のような考え方です。

「ある場所に止まっていた原子が崩壊して、二つの同じ質量の原子核に分裂したとすると、片方の運動量が+pならもう片方は-p に、片方の位置が+xならもう片方は-xとなる。この仮定に基づけば、一方の運動量を測定すれば、もう片方は直接観測しなくても自動的にわかる。そこでこのもう片方の原子核の位置を観測し、その後でもう片方の運動量を測定すれば、運動量を測定した原子核の位置と運動量が同時にわかるはずだ」

これは一見、不確定性原理に反しているように見えますから、「EPRパラドックス」と呼ばれています。そしてこのような、片方の物理量を測定すればもう片方の物理量がわかるような、絡み合った二つの粒子の状態をエンタングルメント (Entanglement) と呼びます。

このパラドックス自体は、ボーアという物理学者が、空間が離れている以上、情報の伝達に遅れが生じるので、「同時に」知ることはできないということを示して否定されました。しかし二つの粒子から二つの物理量を測ること自体は、不確定性原理に反していませんので、エンタングルメントした粒子を用いれば、片方で位置や運動量を測定することで、その結果がもう片方に影響を及ぼすという不思議な現象を起こせるはずです。この仕組みを使って情報伝達を行おうというのが、量子テレポーテーションのアイデアに他なりません。

思考実験を最新の技術で実証

物理学は実証の学問ですから、その原理の正否は、本来実験によって確かめられなければなりません。これまで、このような思考実験やアイデアはありましたが、それを実証するための技術をわれわれが手に入れるには、100年近くを待たなければなりませんでした。

21世紀に入ると、最新の技術を生かして様々な実証実験が行われるようになりましたが、今回私たちは、「シュレディンガーの猫」という一番難しい状態の量子テレポーテーションに世界で初めて成功し、「シュレディンガ―の猫」と「EPRパラドックス」という、量子力学の二大思考実験を組み合わせて実験で確かめることに成功しました。これは突き詰めれば不確定性原理の正しさを確かめるということにつながりますから、物理学においてとても大きな意味を持つものだと確信しています。

「シュレディンガーの猫」の解説図

私たちは「シュレディンガーの猫」状態を、位相反転した二つのレーザー光の状態の重ね合わせで表しました(図)。位相が反転した二つの波が同時に存在しているのが見えると思います。普通なら、位相反転した波を重ねると打ち消し合って0になってしまうはずですが、ここではなんと二つの波が、同時に存在しているのです(図左)。レーザーは光子がたくさん集まって向きが揃っているマクロな状態ですから、この重ね合わせこそ「シュレディンガーの猫」にほかなりません。しかも量子テレポーテーションした後でも、この重ね合わせ状態を維持することができたのです(図右)。量子テレポーテーションについては、これまで水素原子などミクロなものでしか成功していませんから、マクロな状態のテレポーテーションは画期的だといえます。

量子テレポーテーションとは、ある場所でブラックボックスに入れたものをバラバラにして得た情報を使って、別の場所のブラックボックスの中で全く同じ物を粒子から組み直す技術です。この原理を使えば、ブラックボックスの中身をいじることで、入れたものと別の物を取り出すこともできるようになります。ここでブラックボックスの中身をプログラムに読み替えれば、ある入力に、希望通りの出力が出せるコンピュータとみなせます。それが量子コンピュータです。今回の成功によって、私たちはその実現をも大きく後押しできたのではないかと思っています。

高校生へのメッセージ

私たちの時代に比べると、今の高校の学習内容は「ゆとり教育」に象徴される教育観、教育政策によってかなり少なくなっています。一方で科学の最先端のレベルは上がっていますから、その間のギャップは年々広がっています。

さらに、学習内容を減らした結果、富士山のような頂点も少なくなってきています。富士山をならして高尾山をたくさんつくったところで、飛び抜けた人材は育ちません。また、富士山のような高いレベルには、広い裾野が必要です。そのためには、大勢の人が高校での基礎学力の習得を徹底し、高みを目指すような仕組みがなくてはいけません。

基礎学力とは、数学や物理をはじめとして、高校で学ぶすべての勉強のことです。基礎体力と同じで、それがないと怪我をしやすいように、学問においても、基礎学力がないと一時いくら高いパフォーマンスを示しても、すぐに限界に突き当たります。人間として大成するためには、ステップを踏んで登っていくことが必要で、高校時代にはその基礎となるものをきちんと修得しておくことが大切です。

近年、私が心配しているのは、専門にしている物理の履修率が年々下がっていることです。これは、最初に出てくる力学で、「摩擦のない坂道を転がる質点の運動」などの抽象的な題材に苦手意識を持つ生徒が多いからかもしれません。しかし後から習う電磁気学は、実体験に結びつけて理解しやすいですし、実際の生活にも役立つ楽しい分野です。電磁気を学んで基礎を固めれば、やがては量子力学にも辿りつけます。力学でつまずくことなく、ぜひ物理の楽しさを知ってほしいと思います。

私自身もそうでしたが、高校時代というのは、人生経験もまだまだ少なく、本当の意味で何が面白いかなどはわからないと思います。将来、本当に面白いことに出会った時に備えて、できるだけ幅広く学び、様々な経験をしてきてほしいと思います。

Profile
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東京大学 工学系研究科 物理工学専攻 教授

古澤 明 先生

1984年東京大学工学部物理工学科卒業。86年同大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了後、株式会社ニコン入社。東京大学先端科学技術研究センター研究員、カリフォルニア工科大学客員研究員を経て、2000年10月株式会社ニコン退職。11月より東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻助教授。2007年7月より現職。埼玉県立浦和高等学校出身。

※この記事は、大学ジャーナル2011年12月号(Vol.97)に掲載された当時のものです。