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あらためて基礎学力について考えてみよう 立命館大学教授・立命館大学附属小学校副校長 一般財団法人基礎力財団理事長 陰山英男先生

学校完全週5日制に伴う授業時数の減少と、総合的な学習の時間の導入による教科内容の3割削減――、本格的な"ゆとり教育"の下、知識の詰め込みや基礎基本のトレーニングを軽視する空気が日本中の学校現場をおおっていた時代があります。そんな中、基礎基本の反復練習などを通じて、兵庫県内の小学校で驚異的な成果を挙げておられた先生がいました。陰山英男先生です。基礎基本の習得は学校教育の要ともいえるもの。"脱ゆとり"時代の始まった今、これから教員をめざそうと考えている高校生に、陰山先生からあらためて基礎学力について語っていただくとともに、陰山先生の現在力を入れられている活動についてもお聞きしました。

今春から、小学校では基礎学力がこれまで以上に重視される

この春から、学校現場では脱ゆとり教育がはじまりますが、基礎学力の重要性については、すでに国民的なコンセンサスが得られていると思います。国際学力調査において、日本の数学力が、フィンランドや韓国を抑えトップだったゆとり教育の始まる前の状態へ戻す流れが加速されると思います。

新しい学習指導要領は、具体的な能力、たとえば言語活動や、算数では文章題の読解や基礎的な計算能力などについて、かなり踏み込んだ指導を求めている部分が何カ所も見受けられます。義務教育とは、この社会を生きていくのに、またこの社会を維持していくのに最低限必要な知識を学ぶための制度ですから、小学校、中学校で基礎学力の徹底が図られるのは当然です。読み書き計算は教えることでしか育たないのです。

私もこれまで「やりたいことは、やらなければならないことの向こう側にある」とか、「やらなければならないことをやることには必ず困難が伴い、ときには苦痛すら感じられるかもしれない。しかし人生を笑ってばかりで過ごせる人などいないのだから、苦労があるのは当然だ」、あるいは「勉強は心の強さを鍛えるトレーニングでもある」などと、基礎学力を身につけるためのトレーニングの重要性を子どもたちに伝えてきました。

基礎学力を定義する

しかし何をもって基礎学力とするかについては、学校現場や教育学者の間でいまだに議論が分かれています。

最近でこそかなりまとまってきましたが、10年前には、「挨拶ができるのも学力だ」などと言う先生までおられて、禅問答のような論議がしばしば行われていました。私は、この議論に一つの解決を与えるのは、近年、成果の著しい脳科学からのアプローチだと思っています。反復学習が必要な基礎的な勉強は、脳を上手に使うトレーニングであると定義するのです。脳科学では、複雑で難易度の高い問題よりも、基礎的な学習ほど脳の前頭葉が活発に働き、脳全体も活性化するという多くの実験結果があります。確かに漢字学習を徹底すると算数の成績が上がる、百ます計算の成績が上がると社会科の理解が進むといった現象は、従来の考え方では説明できませんでした。私はこれまでの経験則が、これからはますます科学的に裏付けられていくものと考えています。

もう一つの考え方は、学習指導要領によって示されたものと定義することです。学習指導要領は最低基準を示すといっても、これまですべての子どもたちが、これを完全に身につけてきたわけではありません。教育界においても国際間の競争が日増しに熾烈になりつつある今、現状のままでは、いくら教科書を分厚くしても意味がないと思います。

最近は、≪PISA型学力≫などの言葉にみられるように、基礎知識や基礎学力を土台にした知識の活用力や読解力、表現力などを重要視する学力論が台頭し始めています。しかしその前提として、基礎学力の徹底が不可欠であることはいうまでもありません。PISA型のような学力を野球の華やかなホームランやヒットに譬えれば、基礎学力を身につけるための勉強は、さしずめファンの目の届かないところで繰り返される素振りによる練習に当たるでしょう。それなくしては、おそらく試合本番での華麗なヒットやホームランが生まれることはないと思います。

これから大学に進み、将来、教員を目指そうという高校生のみなさんには、自らも基礎学力を疎かにすることなく、目指す大学にチャレンジしてほしいと思います。

今なぜ、計算能力検定か? 基礎力財団の目指すもの

私が今、学校以外の場で力を入れているのが、基礎学力も含め、子どもたちが将来よりよく生きていくのに欠かせない人間としての基礎力を、様々な方法で育成するための活動です。拠点とするのは、こうした目的で昨年設立された基礎力財団という団体です。その最初の取組となるのが「国際標準計算能力検定」で、その第1回が来る6月25日に行われます。

計算能力は数の世界の言語で、人間の思考形成において重要な役割を果たすものと考えられていて、数学の単なる一分野として済ますことはできません。今回世に問う検定は、この重要な計算能力を高めていくための的確なガイドとなるよう、特別な設計が施されています(コラム参照)。また、新しい学習指導要領では特に算数における改編が著しいですから、この機会にこの計算能力検定を始めることには大きな社会的意味があると思います。

今回はレベル4 からレベル8までの実施で、対象になる学習内容は、計算能力をとくに伸ばしておきたい小4から中2までに相当します。もちろん検定ですから、受けるレベルを学年から判断する必要はありませんし、新しい学習指導要領に沿いながらも、学習内容の濃かった昭和40年代の学習指導要領も意識していますから、高校生でも十分活用してもらえると思います。また大学でも、入学後に基本的な学習を補うリメディアル教育などに活用することができると思います。

国際標準化を視野に入れた設計になっているのも大きな特徴です。先ごろ訪れたイギリスの有名中高一貫校で、日本式の計算能力の強化がケンブリッジ大学への合格実績向上に一役買っていることを聞いて驚かされたように、確かに計算能力の重要性について、世界が認め始めていることは確かです。しかし、計算能力を高めようという発想自体、欧米ではまだまだ浸透していませんし、アジア諸国も日本をまねているだけですから、計算能力について世界標準になりうるカリキュラムを作れるのは日本だけだと思います。

基礎力財団としては、今後、『国際標準英単語能力検定』や『国際標準論理文章能力検定』なども世に問う予定で、学習の成果が世界に通用するような検定を実施したいと思っています。「基礎力」という概念が、広くしっかりと理解されれば、21世紀の教育に大きな一石を投じ、まさに教育立国、日本の再生にも一役買えると思います。

Profile
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立命館大学教授・立命館大学附属小学校副校長
一般財団法人基礎力財団理事長

陰山 英男 先生

1958年兵庫県生まれ。岡山大学法学部卒。兵庫県朝来(あさご)町立(現朝来市立)山口小学校教諭。2003年4月尾道市立土堂(つちどう)小学校校長を経て現在に至る。百マス計算や漢字練習の反復学習を続け基礎学力の向上に取り組む一方、そろばん指導やコンピューターの活用など新旧を問わず積極的に導入する教育法によって子供たちの学力向上を実現している。立命館大学 教育開発推進機構 教授(立命館小学校副校長兼任)。文部科学省・中央教育審議会 教育課程部会委員。内閣官房「教育再生会議」有識者委員。大阪府教育委員会教育委員。

著書:「本当の学力をつける本」「学力の新しいルール」(文芸春秋)「陰山メソッド徹底反復」シリーズ(小学館)…他多数