進路のヒント 先生になろう!

前田豊稔先生の写真

こいのぼりを揚げる 甲南女子大学人間科学部 総合子ども学科准教授 前田豊稔先生

東北大震災の被災地となった学校の校庭に、季節外れのこいのぼりが200匹余り、次々と揚がりました。3月29日の高久小学校(いわき市)に始まり、30日の八幡小学校(相馬市)、そして31日の青葉中学校(石巻市)と4月1日の気仙沼中学校。こいのぼりは、兵庫県西宮市の子どもたちの手づくり。揚げたのは、甲南女子大学准教授で美術教育が専門の前田豊稔先生。なぜこいのぼりなのか、そして子どもや教師への思いなどについて、前田先生に語っていただきました。

私の鯉のぼり

私がこいのぼりを強く意識したのは、16年前の阪神淡路大震災の時に遡ります。1.17の直後、灯りの消えた厳冬の夜、行方のわからない友人を捜して住吉川を渡っていると、不意に夜空にうごめく物体とごうごうという音を耳にしました。見上げると、そこには大きなこいのぼりが10匹程、寒風に波打って泳いでいたのです。それがきっかけでしょうか、被災地にはその後、ここに生きているぞという命ののろしをあげるように、次々とこいのぼりが揚がり出し、春を迎える頃には多くのこいのぼりが瓦礫の上を泳いだのでした。

震災の次の年から小学校の図工の教師になった私は、その後震災復興住宅でできた町に新設された西宮浜小学校へ赴任しました。ここには、震災が原因で様々な困難に見舞われた子どもたちが多く、その子たちをいかに癒し、元気に成長させていくかが教師に課せられた重い課題でした。そういう中で、図工専科の私は、子どもたちに自分のこいのぼりをつくってもらおうと考えたのです。不織布とアクリル絵の具を使って、雨でも嵐でも泳ぐことができる、長さ1.5m 程の「空の魚」。私たちは、復興住宅と校舎をつなげたロープに、子どもの数のこいのぼりを結わえて、震災の町の上空一杯に泳がせたのでした。

子どもに教えられた生き様

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「石巻市の避難所・青葉中学校に掲げたこいのぼりと喜ぶ子どもたち」(グーグルマップでは、気仙沼市の避難所・気仙沼中学校の南側から気仙沼市民会館へ結んだこいのぼりのほうがよく見える)

ところで、私は大学を出て一時期、サラリーマンをしていました。結構やりがいもあって悪くはない仕事だったのですが、少しずつ私がその仕事をしなくてもよいような、仕事と私が乖離しているような気持になっていきました。感謝して一生懸命に働いていましたが、いつしか少しずつ気を紛らせるようなところやどこか不満をもつようなことが出てきたのです。そんな折、子どもが生まれました。わが子を見ていると、息をするのも食べるのも、ウンチをするときも泣くときも、いつも一生懸命でした。ああ、こんなに一生懸命生きている。イカンな、私は赤ちゃんに負けていると感じました。そして、もっと子どものために生きてみたいと考えるようになったのです。そこで、興味のあった美術の教師になりたいと思い、大学へ行き直す決心をしました。しかし、当時はそのように人生をやり直すようなことは大変難しく、随分苦労をしましたが、自分にとってこの勉学は必然であるような実感と喜びの中で、それこそ必死で何とかやり遂げることができました。

大学を出てからは、長く神戸大学教育学部附属住吉小学校(現「神戸大学附属住吉小学校」)に勤めていました。その間、大学院に内地留学させてもらうこともできました。教師を育てるのが本務の教育学部が発達研究の学部に改編されるとき、私の使命はひとつ終わったように思いました。今度は地元の公立学校で実践研究を深めたいと転進したのです。

小学校教師から大学に来て3年経ちましたが、東日本大震災に際して、偶然手元に残したままになっていたその時のこいのぼりを、被災地に揚げて励まそうと思ったのでした。

こいのぼりは、我々のためにも

風にたなびくこいのぼりは、爽快です。同時に、子どもという未来に生きる大切な命の存在を喜び合い、大きく育てという願いや期待も感じて、誰しも元気になります。

改めて、阪神の被災地に揚がったこいのぼりを思うと、大切な子どものためにならまたがんばろうという思いを沸かせることができる、どん底でそう確信し、希望の灯として象徴的に表したのが、あの厳冬に揚がったこいのぼりだったのはないでしょうか。

子どもという存在が我々にはあり、子どものためにがんばろうとしてきたことは、逆にいえば、子どもから勇気をもらっていたことだったのです。子どもという未来に生きる存在に期待することによって、我々の再生もまた可能になってきたのでしょう。つくづく子どもというのはありがたい存在だったのですね。

子どもを育てる仕事は、すばらしい

現在私は、大学で保育士や幼稚園、小学校の先生をめざす学生に美術教育を教えています。私のずっと追求している研究テーマにも関係しますが、子どもの造形はその子の意識や感情に連動し、知識や認識、物語なども反映していて、子どもの成長発達には欠かすことのできない体験になるのです。だから、学生が子どもの造形を本当に楽しんだり喜んだり愛したりしながら、子どもの造形がわかっていく、そんな授業を試みています。難しい理論や授業のノウハウ、技術を教えるより、ずっと大切だと考えているからです。つまり、子どもの前に立つ先生はいい人間でなければならないのです。技術や方法や理論は身につけることはできるけれど、いい人間を身につけることはできないからです。その点、ここの学生には感心させられます。愛されて育つということの大切さを、日々まざまざと見せつけられ、実感させられているわけです。

最後に一言。学校という殻にあまり閉じこもらないで、広く文化や自然の中で活動することも大切です。いろいろな興味や活動は結局ムダにはなりません。熟成する時を経て、きっと実を結ぶでしょう。私の場合、ツリーハウスや造形作家・荒木高子のコレクション、まちづくり条例、緑の学校づくりなどに結実したのでした。

Profile
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甲南女子大学人間科学部
総合子ども学科准教授

前田 豊稔 先生

兵庫県西宮市立西宮東高校卒業。関西学院大学法学部卒業。神戸大学教育学部卒業、同大学大学院教育学研究科修了。