村山斉先生「宇宙の根源的問題に挑む-最新宇宙論」

万物は原子でできているのか? 東京大学国際高等研究所 数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 特任教授 村山斉先生

今回から5回にわたって東京大学国際高等研究所数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長の村山斉特任教授にご登場いただきます。近年の観測技術の向上により、宇宙には解き明かされていない謎がまだまだたくさんあることが分かってきました。今みなさんが使っている物理の教科書もあと何年かすれば全く違う内容に書き変わっているかもしれないのです。世界レベルの研究者が考えている最新の宇宙の姿はどのようなものか、村山先生にお話しいただきます。

次の文を見てどう思いますか?

――宇宙の全ての物質は原子でできている。

「そんなの高校の物理で習う常識だ」とブーイングが飛んできそうです。

では次はどうでしょう?

――いや、宇宙には原子でできていない物質もある。

「そんなのはオカルトだ」と言う人がいるかもしれませんね。

ところが最新の観測結果を踏まえると

――宇宙のほとんどは何からできているのかよく分からない。

「そんなのウソだ」と言われそうですが、これが現在、多くの物理学者の認めるところなのです。

宇宙にある物質といえば、大きいものでは銀河や星、その間をただようガスが思い起こされます。これらは「普通の物質」で原子からできています。宇宙には、これらに加えてニュートリノと呼ばれる原子を構成しない素粒子も見つかっています。

「なんだ。原子ではない物質はニュートリノのことか」と気の早い答えが聞こえてきそうですが、近年の観測結果から分かったことはもっと驚くべき宇宙の姿でした。

原子やニュートリノといった私たちがすでに発見している物質は宇宙の中でも5%程にすぎず、残りの95%はいったい何なのか分かっていないのです。

つまり、私たちが理解していると思っていた宇宙は、宇宙全体のほんのわずかな部分に過ぎなかったということです。

正体が分からないながら、それらが存在することだけは観測によって確かめられています。たとえば、私たちの銀河系は秒速220キロメートルで回転しています。回転速度が分かっているので遠心力の強さを計算で求めることができます。ところが、銀河系のすべての星やガスやニュートリノの重力を足し合わせても、求められた遠心力には大きく及びません。つまり「普通の物質」だけでは遠心力が全然足りず、バラバラになっているはずなのです。これが「何なのか分からない何かが存在する」一つ目の証拠です。

二つ目の証拠として「光の曲がり方」が挙げられます。アインシュタインの理論通り、光は重力によって曲げられることが分かっていますが、遥か遠くの銀河からやってくる光は、私たちから見て手前にある銀河の塊(銀河団と言います)によって曲げられて地球にやってきます(重力レンズ効果)。ところが、この光の曲がり方も銀河団の「普通の物質」の重力だけでは説明がつかないぐらい余計に曲がっているのです。

遠心力に抗い、重力レンズとして働くということは、正体は分からないけれども重力を持った物質であろうと推測することができます。これらの物質はその正体不明なところから「暗黒物質」と呼ばれています。暗黒物質は最新の宇宙論にとってやっかいな壁ですが、同時に、手がかりを与えてくれる鍵でもあるのです。

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東京大学国際高等研究所
数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 特任教授

村山 斉 先生

理学博士。IPMU初代機構長、特任教授。カルフォルニア大学バークレイ校MacAdams冠教授。日本を代表する素粒子理論の若きリーダーの一人。IPMUは「宇宙はどうやって始まったのか?」、「何で出来ているのだろう?」、「どうして私たちは宇宙に存在しているのか?」といった根源的な問題に対して世界第一線の数学者・物理学者・天文学者が集まりさまざまな手法で宇宙の謎に迫る新しいタイプの研究組織。

※この記事は、大学ジャーナル2011年5月号(Vol.92)に掲載された当時のものです。