村山斉先生「宇宙の根源的問題に挑む-最新宇宙論」

謎の暗黒物質を追え 東京大学国際高等研究所 数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 特任教授 村山斉先生

5回にわたって東京大学国際高等研究所数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長の村山斉特任教授にご登場いただくこのコーナー、今回は2回目となります。前回は、宇宙の95%は何なのか分かっていない、しかしながら、「暗黒物質」と呼ばれる何かが存在していることは分かっていている、とお話ししました。今回は、その暗黒物質についてのお話です。

暗黒物質は、正体は不明ながら、原子の約5倍も存在しています。重力を生じさせることから、大まかにどこにあるのかを推測することはできますが、捕まえてその正体を解き明かすとなると、途端に難しくなります。

その理由は「他の物質との反応のし難さ」にあります。一般に、あるものを調べるということは、他のものと反応させるということです。つまり、反応しないものからは何の手がかりも得られません。かつては、ニュートリノが「存在するけれど、捕まえられない素粒子」と言われていました。この地球にもたくさん降り注いでいるニュートリノは、ほとんどが他の物質をすり抜けてしまいます。そのため「幽霊粒子」と呼ばれたこともありました。

ノーベル賞受賞者・小柴昌俊先生のカミオカンデ実験では、他の宇宙線の影響が少ない神岡坑山の地下に3千トンもの大量の水を満たした観測装置を設置し、ごく稀に起こるニュートリノと水分子中の電子との衝突を観測することで、ニュートリノを捉えることに成功しました。

こんな大がかりな実験でやっと捕まえられるようなニュートリノですら、暗黒物質に比べれば、実に一万倍も反応しやすいと考えられているのです。

しかし、世界中の物理学者たちは諦めていません。現在、暗黒物質を捕まえるための実験がいくつか進められています。IPMUでも、東京大学宇宙線研究所と共同で、先ほどのカミオカンデと同じ場所に、XMASS(エックスマス)という検出器を設置します。XMASSには1トンの液体キセノンが入れられていて、さらにこれを水を入れたタンクの中に吊します。液体キセノンの原子核に暗黒物質がコツンと当たるのをひたすら待つわけです。

もっと積極的な実験も計画されています。暗黒物質といえども、ビッグバンによって作り出された物質に違いはありません。そこで、粒子加速器を使って人工的に極小のビッグバンを再現すれば、暗黒物質を作り出せるはずです。計画中の「国際リニアコライダー(ILC)」では、直線形をした加速器内に、電子と陽電子(電子の反物質)のビームを加速して20㎞ほど走らせ、原子数十個分の太さにまで絞り込んだビーム同士を正面衝突させて、人工ビッグバンを起こす実験が行われる予定です。恐ろしく精緻な技術が求められる実験ですが、実現すれば宇宙の謎の解明が大きく進展するでしょう。

冒頭で暗黒物質はすべての原子の約5倍もあると述べました。逆に言えば「原子だけでは少なすぎる」のです。暗黒物質がなければ、物質同士が集まるための重力が不十分であり、星や銀河が誕生しなかった可能性が高いと計算されています。私たち生物も暗黒物質のおかげで存在していると言えるのです。

ところで、冒頭ですでに気づいた人もいるかもしれませんが、原子が5%弱、暗黒物質はその約5倍……とすると残り約7割はどこにいったのでしょう?

次回はこの謎にお答えします。

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東京大学国際高等研究所
数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 特任教授

村山 斉 先生

理学博士。IPMU初代機構長、特任教授。カルフォルニア大学バークレイ校MacAdams冠教授。日本を代表する素粒子理論の若きリーダーの一人。IPMUは「宇宙はどうやって始まったのか?」、「何で出来ているのだろう?」、「どうして私たちは宇宙に存在しているのか?」といった根源的な問題に対して世界第一線の数学者・物理学者・天文学者が集まりさまざまな手法で宇宙の謎に迫る新しいタイプの研究組織。

※この記事は、大学ジャーナル2011年6月号(Vol.93)に掲載された当時のものです。