村山斉先生「宇宙の根源的問題に挑む-最新宇宙論」

宇宙に右と左はあるのか? 東京大学国際高等研究所 数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 特任教授 村山斉先生

5回にわたって東京大学国際高等研究所数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長の村山斉特任教授にご登場いただくこのコーナー、今回は4回目です。今回は、物理現象は右と左を区別するのか、つまり宇宙に左右の区別はあるのだろうか、というお話しです。

鏡の中の世界は、私たちの世界と比べて左右がすべて逆になっています。時計の針は左回りに時を刻み、野球ではランナーが右回りに走ります。しかし、左右が反転している以外は私たちの世界と同じように見えます。

さて、ここで次の問題を考えてみて下さい。

【問い】遠くの星の宇宙人に、どちらが右か伝えることができるでしょうか。

その星では地球と右と左が逆かもしれません。すると時計の針が逆に回るとはいえ、時刻を知ることはできますし、ランナーが逆に走るからといって、ボールが突然消えてなくなったり、一打で5点以上得点できるようになるわけではありません。野球を楽しむのに支障はなさそうです。つまり、どっちが右か左かはどうでもいいのです。

実際に、私たちがよく知っている物理現象の多くは、左右を区別しません。重力や電磁気力といった、日常で身近に感じられる力は左右反転してもまったく変わらずに働きます。このことを「パリティ保存則」と言います。ですから、地球人がどちらを「右」と呼んでいるかを宇宙人に伝えるのは不可能に思えます。

つい半世紀ほど前まで、多くの物理学者が、パリティ保存則は質量保存則やエネルギー保存則のような基本的な法則である、と考えていました。現在では、質量やエネルギーの保存にも一定の条件が必要であることが証明され、そして、パリティ保存則も破れている――左右を区別する物理現象がある――ことがわかっています。

パリティ保存則の破れがわかったきっかけは、「タウ粒子」と「シータ粒子」でした。タウ粒子とシータ粒子はいずれも宇宙線の中から発見されましたが、この2つの粒子は質量と寿命がまったく同じなのに、崩壊の仕方が違うのです。 違う種類の粒子が偶然に質量・寿命とも一致することはまず考えられません。しかしながら、同じ種類の粒子だとすると、崩壊の仕方が違うことが説明できず、「タウ?シータの謎」として当時の物理学者を悩ませていました。

謎に対する答えは非常にシンプルながら、多くの物理学者の意表をつくものでした。それが、左右を区別する物理現象です。同じ粒子でも左右が区別されれば、スピンの向きに関して「右巻き」「左巻き」の2通りに分けられるため、崩壊の仕方が異なってもおかしくないのです。1956年に中国人の物理学者ヤンとリーがこのアイデアを発表しました。保存則にこだわった多くの物理学者にとっては意表をつかれた発想の転換でした。

彼らのアイデアは、翌年実験によって確かめられました。宇宙にある4つの基本的な力「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」のうち、粒子の崩壊に関わる「弱い力」は左右を区別して反応すると確かめられたのです。

さて、これで冒頭の【問い】への答えがわかりました。野球のようなマクロな現象だけを見ると、同じ物理法則が成り立っているように見えるかもしれないが、弱い力が関係する粒子の崩壊のような現象にまで目を向けると、鏡の中の世界と私たちの住む世界とでは物理的に異なっている、ということになるでしょうか。

その後、一部の物理学者は電荷(C)とパリティ(P)とを同時に考えると保存則は破れていないと反論しました。しかし、小林―益川理論によってCP保存則の破れも説明され、宇宙は右と左を区別しているという結論に至ったのです。

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東京大学国際高等研究所
数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 特任教授

村山 斉 先生

理学博士。IPMU初代機構長、特任教授。カルフォルニア大学バークレイ校MacAdams冠教授。日本を代表する素粒子理論の若きリーダーの一人。IPMUは「宇宙はどうやって始まったのか?」、「何で出来ているのだろう?」、「どうして私たちは宇宙に存在しているのか?」といった根源的な問題に対して世界第一線の数学者・物理学者・天文学者が集まりさまざまな手法で宇宙の謎に迫る新しいタイプの研究組織。

※この記事は、大学ジャーナル2011年9月号(Vol.95)に掲載された当時のものです。