村山斉先生「宇宙の根源的問題に挑む-最新宇宙論」

私たちは「へばりついているひも」である 東京大学国際高等研究所 数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 特任教授 村山斉先生

5回にわたって東京大学国際高等研究所数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長の村山斉特任教授にご登場いただくこのコーナーもいよいよ最終回となりました。今回は、物理学の究極の目標のひとつである4つの力を統一的に説明する理論と、その理論から考えられる素粒子の真の姿と宇宙の次元のお話しです。

人気マンガに登場する未来のネコ型ロボットは「四次元ポケット」という便利な収納道具を持っています。確かにポケットの中が4次元であれば、収納場所は一気に増えることになります。私たちが持っているポケットは3次元(縦×横×高さ)構造をしているため、ポケットの体積を超えて物を詰め込むことはできません。しかし4次元のポケットであれば、増えた次元の分だけ余計に物を詰め込むことができそうです。

宇宙の次元に関して物理学が明らかにしてきたことを振り返ると、まず20世紀初めにアインシュタインが相対性理論において時間と空間とを合わせて考える必要があることを示しました。物理学が考えるべき宇宙は3次元から4次元へと広がりました。

その後、20世紀後半になって、宇宙の基本的な4つの力(強い力、弱い力、電磁力、重力)を統一的に説明する理論の登場により、考えるべき宇宙の次元は一気に10次元へと飛躍します。4つの力は現在の宇宙ではまったく別物のように見えますが、誕生直後の宇宙では1つの同じ力だったのではないかと言われています。実際、弱い力と電磁力は一定のエネルギー以上では同じように説明できることが分かっていて、その理論は「統一理論」と呼ばれています。現在、物理学者たちは、統一理論に強い力も加えた「大統一理論」の構築に取り組んでいますが、最終的な目標は、重力も含めて説明できる理論です。

重力を含めて説明するためには、素粒子の本当の姿を考え直す必要がありました。そこで考え出されたのが、素粒子は点ではなく長さを持ったひもである、という「超ひも理論(超弦理論)」です。ノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎さんのアイデアをベースとする理論で、目下4つの力を統一するための再有力候補です。この理論によると、素粒子はすべてひも状をしていて、閉じているのか開いているのかという違いや回転や振動の仕方によって、クォークになったり、ニュートリノになったり、電子になったりします。しかしひもは10-35メートルと、とてつもなく小さいため、私たちには点に見えるというのです。さらに、宇宙は10次元まであり、私たちに見える4次元(空間×時間)以外の6つの次元は小さく畳まれていると考えられるのです。

素粒子が本当にひも状なのかどうか、畳まれている6つの次元が本当にあるのかどうか、確かめることは容易ではありません。ひもは極小のサイズであり、畳まれている次元も同じぐらい小さく、現在の観測技術では捉えられないのです。

とはいえ、宇宙を10次元だと考えると、暗黒物質の質量の由来や4つの力の中でなぜ重力が桁違いに弱いのか、といった疑問にすんなりと答えることができます。

暗黒物質は私たちに見えない次元で動き回っていて、その運動エネルギーが私たちの4次元では質量(E=mc2を思い出して!)として観測されるのではないか、と考えられるのです。たとえば、高さのない2次元世界に入り込んだと想像してみてください。その世界で3次元方向(上下)に反復運動する板があるとすれば、2次元世界ではどう見えるでしょうか? わずかな振動ぐらいは観測できるかもしれませんが、ほとんど動かない線にしか見えないはずです。私たちに観測できる宇宙での暗黒物質も同様なのかもしれません。

重力が他の力と大きく違うのは、重力を伝える素粒子グラビトンが閉じた(=輪のような) ひもだからではないか、という仮説もあります。開いたひもは、端が次元の膜にへばりついているのに対して、閉じたひもである重力だけがへばりついていないのです。そのため、他の素粒子は私たちの時空から離れることができませんが、重力は他の次元に出て行って「薄まり」、弱くなるとも考えられます。私たちの体を作る素粒子も開いたひもだと考えられるので、私たちはみんな「へばりついている端のあるひも」なのです。

現在、物理学者は全力を挙げて超ひも理論の証拠を探しています。計画中の「国際リニアコライダー(ILC)」では、直径7ナノメートル(原子70個分)まで絞ったビーム同士を光速近くまで加速し正面衝突させればビッグバンに匹敵する高いエネルギーを作り出すことができます。高度な精密さが求められる実験のため、成功させるのは簡単ではありませんが、うまくいけば、このとき生じるエネルギーが異次元へと逃れる様子が捉えられると期待されています。

21世紀に入り、物理学は宇宙が想像をはるかに超えて謎の多い存在だと明らかにしました。これは物理学の大きな前進なのです。みなさんも既存の知識で満足することなく、新たな謎の発見やその解明に参加してほしいと思います。

Profile

村山斉先生の写真

東京大学国際高等研究所
数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 特任教授

村山 斉 先生

理学博士。IPMU初代機構長、特任教授。カルフォルニア大学バークレイ校MacAdams冠教授。日本を代表する素粒子理論の若きリーダーの一人。IPMUは「宇宙はどうやって始まったのか?」、「何で出来ているのだろう?」、「どうして私たちは宇宙に存在しているのか?」といった根源的な問題に対して世界第一線の数学者・物理学者・天文学者が集まりさまざまな手法で宇宙の謎に迫る新しいタイプの研究組織。

※この記事は、大学ジャーナル2011年12月号(Vol.97)に掲載された当時のものです。