阿部先生の地球と歩もう 総合地球環境学研究所 阿部健一先生

地域を知りメディエイトする地域研究 その1

写真:初めての熱帯林。この頃から、伐採は加速化されていった

初めての熱帯林。この頃から、伐採は加速化されていった

小さい頃から昆虫が大好きで、大学では生態学を勉強していました。そんな中、1981年に動物行動学の日高敏隆先生についてボルネオの熱帯雨林へ研究に行く機会に恵まれました。生き物が好きな人なら、熱帯は憧れの場所です。子どもの時から夢だった、美しい花が咲き、奇妙な鳥が飛び、きれいな蝶がいて、金属光沢のあるカブトムシもいる世界。ただ、期待に胸を膨らませて行ってみたら、実際に珍しい生物がいるのは、頭上はるか40~50メートル、林冠と呼ばれる葉っぱが生い茂る木の上でした。木登りの達人にならない限り、近づくことはできません。熱帯林にいながら、海の底にいるような気がしました。今では、林冠の生き物たちを観察するために、鉄塔を何本か立て、吊り橋でつないでウォークウェイにしています。熱帯林の生物の研究ができるようになったのですが、僕はそれを待ち切れなかったのです。

そこで大きく方向転換することになりました。当時、林冠にアプローチできなかったことも理由の一つですが、豊かな生物を育んでいる熱帯雨林そのものが破壊されつつある現実を目の当たりにしたことが大きかったと思います。熱帯の木は巨大です。長い年月をかけて、樹高70m、おおよそ20階建てのビルほどの高さになります。それがわずか10分足らずの間に、切り倒されてゆきます。チェーンソーは熱帯林にとってはとんでもない「敵」だと思いました。巨木が倒れるときは、周りの木も巻き込こみ、落雷のようなすごい音がします。これが「現場感覚」です。本を読んだり人から聞いたりするのとは違う、実際に見て感じとるものです。生物多様性が消失するから、といった理屈ではなく、この「現場感覚」から、熱帯林がこのままなくなっていいのか疑問に持つようになりました。優れた感性、「現場感覚」に基づかない理論は、柔軟性がなく信頼できないと思います。

その後、熱帯林で調査をする機会が増えるにつれ、関心は熱帯林そのものに、そして、さらに熱帯林とかかわる人々に移ります。調査をする時は、宿泊する場所などありませんから、お米を持って、近くに住む人の家に泊めてもらいます。昼間は、蒸し暑い森林の中で調査して、夜は、囲炉裏を囲んで一緒に食事をしながら世間話をします。熱帯林は夜になると結構冷えるのです。おかずは、塩干魚だけ。塩辛いので、一切れあればご飯が2、3杯は食べられます。昼間に汗をかいては水をガブ飲みしていますから、体が塩分を欲しがっていたこともあったのでしょうね。美味しくいただきました。

現地の言葉を覚えたのもこのころです。学校で習ったものではありません。言葉が上達すれば、会話が弾むようになります。会話の中で、考え方の違いに驚かされることがあります。学校も病院もない熱帯林の周辺での生活。ふと「この人たちはなぜここに来ているのだろう。将来どうするのだろう」と考えることもあります。動植物以上に、熱帯林以上に、そこに住む「人」についてもっと知りたいと思うようになりました。

地域研究をスタートさせたのは、京大の東南アジア研究センター(現東南アジア研究所)でのことです。熱帯林をめぐるさまざまな問題も、その地域を理解しなければ解決などできません。地域ごとに現在進行形で起こっている問題について、「人」のこと、「自然」のこと、さまざまなことを理解する必要があります。「熱帯林問題」を研究できる場を与えられて、天国のようでした。研究センターはとても自由な気風で「とにかく好きにやれ」と言われました。ただ地域研究はこれまで学んできた生物、生態学とは全く違っていて、アプローチ方法も確立されていなかったため、学問手法から自分で考え出す必要がありました。机上にかじりつくだけでは見えない、自分なりの手法を見出すまで、時間はかかりましたが、長い目で見て育ててもらいました。その後、京大に戻るまでは国立民族学博物館へ。ここでは文化人類学・民族学の研究者と同僚になりました。それこそデパートのようにいろいろな人類学者がいて、楽しかったし、何より勉強にもなりました。生態学という自然科学的な考え方だけでなく、人文社会的な考え方に触れことができたのも、得がたい経験になりました(続)。

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総合地球環境学研究所

阿部 健一 先生

1989年京都大学大学院農学研究科熱帯農学専攻博士課程中退後、京都大学東南アジア研究センター助手、国立民族学博物館助教授、京都大学地域研究統合情報センター准教授などを経て現職。
専門は環境人類学、相関地域研究。
主な研究テーマは、東南アジア熱帯林のポリティカル・エコロジー、水と文化多様性など。

※この記事は、大学ジャーナル2009年6月号(Vol.81)に掲載された当時のものです。