阿部先生の地球と歩もう 総合地球環境学研究所 阿部健一先生

実践型地域研究のキーワードは「つなぐ」

経済価値よりも大切なのは関係価値

地球環境問題を扱う研究所にいる現在も、地域研究を基盤にしています。あまり好きな言い方ではないのですが、実践的地域研究ということでしょうね。外部者として当該地域をもっとも良く理解しているのが地域研究者。だったら、論文や報告書を書いて終わりではなく、なにかほかにできることがあるのでないかと思うことがあります。それが"メディエイター"、媒介者という活動です。ある地域と、別の地域あるいは国際社会をつなぐことです。

メディエイターは仲人を例にするとわかりやすいかもしれません。本人だけでなくその家族についてまでよく知っている仲人さんだからこそ、自信をもって引き合わすことができる。よく知っているからできることです。現代社会では、こうした人間関係がどんどん薄れていて、生身の人間同士のつながりよりも、ネット検索に依存しています。つながりが短絡的になっている、こんな時代にこそ、現実をよくわかったメディエイターの存在が求められていると思います。

「媒介」といった場合、うっかりすると誤解されることがあります。たとえば先進国の商社が途上国に出かけて行って、地域の産物を商品化してしまうこと。商品を介して先進国と途上国はつながります。しかし商社は媒介者ではなくて、自分の利益を最優先するブローカーです。媒介者は引き合わされる当人のことをまず考えます。

それでは媒介者は何を求めているのか。地域研究者としては、こうした実践活動を伴うことで地域への理解が深まる、地域研究が進むと言うことがあります。研究と実践はコインの裏表の関係かもしれません。結局どちらも必要ではないでしょうか。

また、うまく媒介できたときの、達成感、満足感といったものもたしかにあります。こうした満足感は、最近考えていることなのですが「関係価値」と関わっていると思います。物質的に豊かになり、生活が便利になる一方、われわれは何か大切なものを今失いつつある。それを「関係価値」と名づけてみました。社会のあらゆるところで関係、「つながり」がおかしくなっている。そのつながりを正しくしてゆくことが、関係価値を取り戻すことになります。環境問題も、人と自然の関係がおかしくなったことが原因と言えます。環境問題の解決とは、関係価値を経済的価値よりも優先させるところから始まります。

美味しいコーヒーで生産地と消費地をつなげる

僕自身のメディエーション活動を紹介しましょう。現在積極的にすすめているのが、東ティモールのコーヒーで消費地と生産地を「正しく」つなげる活動です。東南アジア研究センターを退職された先輩たちとNPOをつくり、そのNPOをベースに活動しています。

写真:「エルメラ・マウンテン・コーヒー」として売ってます! エルメラは栽培しているところの地名です

「エルメラ・マウンテン・コーヒー」として売ってます! エルメラは栽培しているところの地名です

東ティモールは長い他国の支配と独立をめぐる混乱によって世界の貧困国の一つになってしまいました。その中でコーヒー栽培は唯一の収入源です。ただ貧しいがゆえに、近代的な技術や農薬・化学肥料が入らず、収穫量は近代的な栽培方法とは比較にならないほど少なくなっています。しかし、農薬や化学肥料を使わないことで、結果として有機農法、限りなく自然に近いコーヒー栽培となっています。品質もコーヒーの専門家に味わっていただきましたが、最高級品と評価されました。

東ティモールでは原生の森林は、度重なる焼畑のためほとんど残っていません。興味深いのは、コーヒー栽培をするときに、ほとんど木がないところにまず木を、合歓(ねむ)の木を、植えることです。10年ほど経って合歓の木が大きくなったら、その下にコーヒーの苗を植えます。つまり森林を育てることからコーヒー栽培が始まるのです。

合歓の木陰でじっくり成長することで、ようやくブルーマウンテンに匹敵するくらいすばらしい実が収穫できます。コーヒーの品質は、豆そのものの質だけでなくその後の作業によっても左右されます。「原石」を磨く必要があるのです。最も良い状態のコーヒー豆に加工するためには、収穫した実から8時間以内に皮を剥いて豆を取り出すとか、焙煎の火の通りを均一にするために粒を揃えるといったことが必要です。われわれがまず媒介したのは、こうした生産技術。次に媒介したのが、無農薬の美味しいコーヒーを購入する消費地です。今も、美味しいコーヒーを環境保全的に生産する生産地と、それを適正価格で購入する消費地を「媒介」しているのです。

写真:一家総出で収穫します

一家総出で収穫します

東ティモールの4分の1の家がコーヒー栽培農家ですが、忙しい収穫期には高齢者から小さな子どもまで一家総出で完熟した実の手摘み作業に取り組みます。子どもたちは学校にもゆかず、朝から暗くなるまで収穫作業。その後も夜遅くまで皮を剥く作業があります。このことだけをとりあげれば、長時間子どもを働かしている、として非難されるでしょう。しかしこれが一家にとって唯一の現金収入源で、この時に稼がないと学校に通えません。それが東ティモールの現実なのです。その地域の現実に向き合わずに、「学齢期の子どもの就学の権利がなおざりになっている」、「小さな子どもがコーヒーを摘むなんてけしからん、不買運動をしよう」とは一概に言えないのです。グローバルスタンダードは大事ですが、その地域ごとの事情や背景を理解しておく必要があります。それらをちゃんと理解した上で、どう「メディエイト」するのかを考えていくのが地域研究なのです。

Profile

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総合地球環境学研究所

阿部 健一 先生

1989年京都大学大学院農学研究科熱帯農学専攻博士課程中退後、京都大学東南アジア研究センター助手、国立民族学博物館助教授、京都大学地域研究統合情報センター准教授などを経て現職。
専門は環境人類学、相関地域研究。
主な研究テーマは、東南アジア熱帯林のポリティカル・エコロジー、水と文化多様性など。

※この記事は、大学ジャーナル2009年9月号(Vol.83)に掲載された当時のものです。