阿部先生の地球と歩もう 総合地球環境学研究所 阿部健一先生

学問とは「?」を「!」に変えること

常識を超えるために常識を知る

写真:スマトラの開拓移住村。1ヶ月の滞在調査が終わってボートで村を出てゆくときに見送りに来てくれた。(撮影:阿部健一)

スマトラの開拓移住村。1ヶ月の滞在調査が終わってボートで村を出てゆくときに見送りに来てくれた。(撮影:阿部健一)

地域研究には、グローバルスタンダードも大切だけど、それぞれの地域で異なる現状や背景を理解した上でうまく「メディエイト」することが大切だと前回お話しました。それと矛盾しているようですが、地域研究には「常識」が必要です。

学問とは"常識の背景にあるもの"を考えること。私が高校時代に習ったことの中にも、今では異なる事実が明らかになっているものがあるように、教科書に書いてあることのすべてが正しいわけではありません。ただ、「おかしいぞ」と疑問をもつためには、定説がどうなっているのかをまず理解していなければいけません。常識の背景にあるものを考えるには、常識をしっかり勉強することが必要なのです。

また、地域研究では、住み慣れた社会や文化の外へ出て、これまでの自分の常識が通用しない世界でコミュニケイトすることがほとんどです。この時に大切なのが「礼儀」。さらに重要なのは、相手の立場を理解しようとする"思い入れ"です。これがコミュニケーションの本質だと思います。コミュニケーションは言葉が上手だからできるわけではないのです。

フィールドはどこにでもあります。東京、大阪、京都、どこにでも独自の環境、文化がある。ただ、どこへ行くにも、ベースになる常識や経験をもっていなければ疑問が出てきません。フィールドに出て大切なのは、自分をもてるかどうか。「あれ?おかしいな」とこれまでの常識が動揺すれば、「この人は、なぜいま怒っているのか」「熱帯地域はなぜこんなに貧しいのか」…朝から晩まで、大きなものから小さなものまであらゆる疑問があふれてきます。これがものすごく大切です。「どうして?」を追求して「あっ、そうか!」と自分の仮説にたどり着く、これが学問の楽しさで、ある意味学問は「?」を「!」に変えることかもしれません。

ただし、たくさんの疑問が1つの小さい仮説に行きついても、そこでわかったつもりになってはそれ以上前進できません。疑問をもつ度に仮説にたどり着き、やがてさらに大きな疑問に突き当たる。その都度、先生に聞いたり本を読んだりを繰り返して、学問には終わりがないのです。

どんな人にもわかりやすく語れるのがほんものの専門家

今日、地域で起きている問題を解決するためにはさまざまなポジションの人とのコミュニケーションが必須です。ところが最近では、それぞれが研究領域を出ずにそれぞれの専門用語だけで会話をしていて、隣接する学問領域とすらコミュニケーションがとれない研究者が増えているように思います。「実践する研究者」から見ると、これは非常に心配です。

僕が学問を始めた頃は「中学生・高校生にわかるやさしい言葉で自分の研究内容を語れ」とよく言われたものです。専門用語は、簡単な言葉で説明できない時にとても便利です。よくわからなくても語れた気になれますから。しかし、自分自身もわかっていないことを専門用語というブラックボックスの中に入れて見せているようでは、ほんものの「専門家」とは言えません。専門家とは、自分が積み上げた言葉の中から、どんな人に対しても、それぞれにふさわしい言葉を取り出して語ることができるものです。ここでもメディエーション、つなぐことが重要になっています。

Profile

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総合地球環境学研究所

阿部 健一 先生

1989年京都大学大学院農学研究科熱帯農学専攻博士課程中退後、京都大学東南アジア研究センター助手、国立民族学博物館助教授、京都大学地域研究統合情報センター准教授などを経て現職。
専門は環境人類学、相関地域研究。
主な研究テーマは、東南アジア熱帯林のポリティカル・エコロジー、水と文化多様性など。

※この記事は、大学ジャーナル2009年11月号(Vol.84)に掲載された当時のものです。