阿部先生の地球と歩もう 総合地球環境学研究所 阿部健一先生

世界を理解するために必要なのは想像力

さまざまな分野を的確につなぐことが必要

写真:地球研の研究室

※地球研は従来のような個室の研究室ではなく、全長150mの大きな空間に開放的に配置されていて、各研究プロジェクトが連携・交流できるよう設計されている。

地球研では地球環境問題について、具体的な課題を設定した14のプロジェクトが研究活動を進めていますが、僕の役目はそれらの成果をつなぐことです。そのためには、まずプロジェクトメンバーの声に耳を傾けることが大切です。さらにいろんな角度から物事を見る必要があります。考古学をやっている人もいれば、人工衛星を使って気象観測している人もいるし、歴史や哲学、法律の専門家もいる。多方面から地球環境におきていることを把握して、問題の根源を明らかにして解決していこうとしているのです。

地球研にいる一番のメリットは、すぐ隣にいろんな専門家がいて、そこで新しい発想が生まれること※。このためには、銘々が自分の専門、常識をきちんと積み上げて、お互いわかりやすく語り、耳を傾け合わなければなりません。また、専門家相手ではない一般向けのセミナーもたくさん開催しています。学生さんから高齢者の方まで幅広い層の方が参加されていて、特に京都などは時限爆弾のように(笑)どこかの大学の教員なども混じっていますから、いい加減なことは言えません。いかにわかりやすく、かつ正確に伝えられるかが問われるセミナーで、担当する研究者たちはどんどん練磨されています。

特に環境問題などは、専門家と一般市民、高校生とおじいちゃん、おばあちゃんが一緒に考えるところに意味があります。世代も国境も超えた問題ですから。「里山」一つ考えても、引き継がれてきたままに残そうではなくて、どこを受け継いでどう新たにつくっていくかという21世紀の里山を考える必要がある。昔のままがいいところと、そうでない部分を判断することが求められているのです。 楽なもの、快適なもの、便利なものへという流れの中で、本当にその方向でいいのかと考える。この余裕があるかないかで随分違います。環境問題は、利便性を追求しすぎたひずみがあらゆる部分に出てきたものとも言えますから。一度流れてしまうと取り戻すのは容易ではないので、少しずつ変えていくしかないんですけどね。

想像力を磨けば世界は無限に広がっていく

そのためには「ちょっと立ち止まって考えなきゃいけない」と思います。2005年の愛知万博でスタッフに「どこのパビリオンが人気か」と聞くと、赤十字社のパビリオンだと言われました。他はどこもかしこも「進歩、進歩」、国も企業も最先端の技術があれば環境問題も解決できるだろうという姿勢でパビリオンを展開する中、そこは大きくないドーム型の部屋で、ミスチルの歌が流れる中、壁にゆったりともたれて天井を見上げるような造りになっていました。天井には、紛争があり、自然災害があり、そこで傷を負った人や何もかも失って立ちすくむ人々の姿があって、それをなんとか助けようとする人たちがいて、ナレーションもなく、ただ映像が現れては消えていきます。

移り変わる映像を見ながら、過去を振りかえってみる、現在に立ちかえって自分たちの国のこと、将来のことを考える。何をすればいいのか、何ができるだろうと、いろいろなことを考える。たとえ10分、20分でも、これが一番重要なことなのです。特に今は情報が一方的で多すぎます。できあがったイメージとして浴びせかけられて、考える機会さえ奪われるくらいに過剰です。

僕の学生時代なら、たとえばベトナム戦争について、じっくり考えたものです。ところが今はどうでしょう。阪神淡路大震災も9.11も「あれは何年前だったか」と思うくらい、歴史になる間もなく、過去の出来事になってしまっている気がします。双方向ではなく、一方的なイメージが多すぎて想像力が働かなくなっているのではないでしょうか。

地域研究で重要なのは想像力。こちらとあちらとを結びつける力です。今は勝手に誰かが結び付けてくれて、それで分かったような気分になってしまいますが、それだとこれでいいのか、他にはないのか、一見効率的な最短距離で直線に結ぶよりも、別なところを経由する方がそれぞれの地域がもっと豊かになるんじゃないか、直線で結んだ場合に起こる新たな障害を回避できるんじゃないか…といった発想ができなくなってしまいます。与えられた一つの答え以外に考えられなくなる。

大学では、さまざまな価値観を実践している人が大勢いて、出会いを重ねていくうちに自分のやり方も練れますし、高校までとは違う勉強方法も身につきます。今は選択肢がどんどん広がっているから、世界との関わり方も、大学院進学、学問の世界だけでなく、公務員、銀行員、商社マン、農家…さまざまな進路があります。日銀に就職しながら、いろんなノウハウを学んで10年したら退職してNPOを立ち上げて好きなことやる、と最初から決めている学生もいたりします(笑)。選択肢が多いだけに、しっかりしていないと自分が見えなくなってしまうこともありますが、どんなことでも、やろうと思えばできるんです。

Profile

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総合地球環境学研究所

阿部 健一 先生

1989年京都大学大学院農学研究科熱帯農学専攻博士課程中退後、京都大学東南アジア研究センター助手、国立民族学博物館助教授、京都大学地域研究統合情報センター准教授などを経て現職。
専門は環境人類学、相関地域研究。
主な研究テーマは、東南アジア熱帯林のポリティカル・エコロジー、水と文化多様性など。

※この記事は、大学ジャーナル2009年12月号(Vol.85)に掲載された当時のものです。