ススメ理系 物理がおもしろくなる物理の話 財団法人平成基礎科学財団理事長 小柴昌俊

カミオカンデができるまで

岐阜県の神岡鉱山跡にカミオカンデ(KamiokaNDE)という実験装置があります。どのような実験装置かというと、神岡鉱山の地下1000メートルに直径19メートル高さ22.5メートルの大きなタンクを作り、その中にできる限り純水に近い水が満杯に溜められています。現在は、さらに巨大なスーパーカミオカンデが稼動し、着々と実験データを集めています。今回は、なぜこの実験装置を計画したのかの経緯をお話したいと思います。

写真:カミオカンデ

(c) Kamioka Observatory, ICRR(Institute for Cosmic Ray Research), The University of Tokyo

自然界には、重力、電磁気力、弱い力、強い力の4つの力があります。弱い力とは素粒子の間に働きベータ崩壊を引き起こす力、強い力とはクォーク同士を結びつける力で、核子(陽子・中性子)を作ります。理論物理学では、この4つの力を統一的に説明することが大きな目標となっています。

写真:建設途中のスーパーカミオカンデ

建設途中のスーパーカミオカンデ
一面にセンサーがびっしりとついている

カミオカンデの名称にある「NDE」とは核子崩壊実験(Nucleon DecayExperiment) の頭文字です。カミオカンデの当初の目的の一つは、陽子崩壊を観測することだったのです。電磁気力と"弱い力"を統一する「標準理論」が1960年代に確立されて、"強い力"をも統一するための理論もいくつか提案されました。グラショウ(Sheldon LeeGlashow、1979年ノーベル物理学賞受賞) は、陽子が崩壊するまでの寿命は、実験で観測できないほど長くはないという理論を発表しました。つまり、たくさんの陽子を集めて、じっと観測していると、そのうち一つ二つと崩壊する可能性があるというのです。そこで、巨大なタンクに水(水にも陽子が含まれています)を溜めて、タンクの内部を観測すれば陽子の崩壊が観測できるかもしれないと思いついたのです。

また、研究室にいるマスターの大学院生や学部生たちに、やりがいを感じて、実験の訓練になるようなよい課題はないだろうかと常に考えていたことがもう一つの背景にあります。

写真:PMT(光電子増倍管)の取り付けがほぼ完了したスーパーカミオカンデ

PMT(光電子増倍管)の取り付けがほぼ完了したスーパーカミオカンデ

カミオカンデ以前の最先端の実験といえば、加速器を使った素粒子実験でした。ところが加速器実験に参加するためには、研究者としての実績が必要で、学生たちがそうした実験を行うことは難しい状況でした。しかし、実績がないからといって、実験を通して基礎研究の大切さを学生たちが体感できなければ、将来の日本の基礎研究は廃れてしまいます。そこで、加速器を使わなくてもできる最先端の素粒子実験として、陽子崩壊の観測を以前から考えていたのです。

カミオカンデの構想は1979年末に立てました。ちょうどその頃、アメリカでも同じような巨大な水槽を使った実験が計画されているというニュースを知りました。しかも、アメリカの実験装置のほうが水の量が多いのです。同じ観測実験ですから、水の量が多いほうが当然有利です。このままではカミオカンデはアメリカの実験装置に負けてしまう。しかし、予算は限られていて、今さらアメリカより巨大な装置にはできない。そこで私は一計を案じました。作戦は見事に功を奏し、後に日本の神岡が素粒子実験のメッカとなるのですが、それは次回のお話としましょう。

※「大統一理論」のモデルでは陽子には寿命があるとされているが、未だ陽子崩壊は観測されていない。観測されれば、世界初の快挙になる。

Profile

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財団法人 平成基礎科学財団
理事長

小柴 昌俊

1926年愛知県豊橋市生まれ。51年東京大学理学部物理学科、55年ロチェスター大学大学院修了後、東京大学助教授、教授、東京大学理学部附属素粒子物理国際センター長などを経て、2002年にはノーベル物理学賞を受賞。2003年(財)平成基礎科学財団を設立し、現在に至る。

『ようこそニュートリノ天体物理学へ』(海鳴社)、『物理屋になりたかったんだよ』(朝日新聞社朝日選書)、『やれば、できる。』(新潮社)など著書多数。

※この記事は、大学ジャーナル2009年4月号(Vol.80)に掲載された当時のものです。