ススメ理系 物理がおもしろくなる物理の話 財団法人平成基礎科学財団理事長 小柴昌俊

カミオカンデの目 光電子増倍管とチェレンコフ光

前回、陽子崩壊の観測をするためにカミオカンデを構想したお話をしました。しかし同時期にアメリカも巨大なタンクに水を溜めて実験を行う計画をしていて、しかもアメリカの実験装置のほうが水の量が多いという、私たちのカミオカンデ計画とっては苦しい局面を迎えることになりました。

同じ実験を水の量で劣る装置で行ったとしても、勝ち目はない。このままでは巨額の税金を使わせてもらう国民のみなさんに申し訳ない。そう考えた私は一計を案じました。

――水の量で劣るのなら、観察の感度を上げればいい――

写真:チュレンコフ光のデータ

チュレンコフ光のデータ(C)Masatoshi Koshiba

陽子が崩壊する様子は、直接観測できるわけではありません。陽子が崩壊したときに生じる荷電粒子(電子など)から発せられる光をとらえることで、崩壊が起きたことがわかるのです。しかし、その光は粒子一つから発せられる、ほんのわずかな光でしかありません。このわずかな光りをとらえるために、「光電子増倍管(Photomultiplier)」と呼ばれる特殊な観測装置を使います。

光電子増倍管は、ガラス面から入ってきた光子(光の粒子)を電子に換えて、何層ものダイノード(電極)によって次々に増倍し、数百万倍に大きくし、信号として取り出す装置です。これが"カミオカンデの目"になるのです。

アメリカの実験では、口径5インチの光電子増倍管が使われることになっていました。私はこれを口径20インチにできないかと考えたのです。高い感度と観測の正確さで、水量の劣勢を挽回しようという作戦でした。これがアメリカに勝つための唯一の秘策だったのです。

ところが、問題がありました。当時の世界最大の光電子増倍管は5インチ。20インチもの光電子増倍管は誰も作ったことがありません。そこで、光電子増倍管のメーカ・浜松ホトニクス(当時:浜松テレビ)の晝馬(ひるま)輝夫社長と直談判をしました。いくら口説いても、社長はなかなか首を縦に振ってくれません。最後は「年長者の言うことは聞くものだ」という物理学にも技術にも関係のない一言が決め台詞となったのか、なんとか装置の開発がスタートしました。1年後、口径20インチの光電子増倍管が出来上がり、1000個がカミオカンデに取りつけられたのです。

写真:光電子増倍管

光電子増倍管
(C)Heisei Foundation for Basic Science

光電子増倍管がとらえるわずかな光は「チェレンコフ光」と呼ばれるものです。荷電粒子が水中で光を発するとき、水の屈折率のために光の速度が遅くなります。そうすると、荷電粒子のほうが光より速くなるという現象が起こります。その結果、超音速の飛行機が音の衝撃波を出すように、粒子が光の衝撃波を発するのです。この光の衝撃波が、チェレンコフ光です。

観察の感度を上げる作戦が功を奏し、カミオカンデは、当時の最先端の実験装置となりました。試験的に動かしてみると、予想以上の性能が期待できそうです。そこで、私はひらめきました。このひらめきが後に「ニュートリノ天体物理学」を創り出す第一歩となるのですが、それは次回のお話としましょう。

Profile

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財団法人 平成基礎科学財団
理事長

小柴 昌俊

1926年愛知県豊橋市生まれ。51年東京大学理学部物理学科、55年ロチェスター大学大学院修了後、東京大学助教授、教授、東京大学理学部附属素粒子物理国際センター長などを経て、2002年にはノーベル物理学賞を受賞。2003年(財)平成基礎科学財団を設立し、現在に至る。

『ようこそニュートリノ天体物理学へ』(海鳴社)、『物理屋になりたかったんだよ』(朝日新聞社朝日選書)、『やれば、できる。』(新潮社)など著書多数。

※この記事は、大学ジャーナル2009年6月号(Vol.81)に掲載された当時のものです。