ススメ理系 物理がおもしろくなる物理の話 財団法人平成基礎科学財団理事長 小柴昌俊

カミオカンデ改良 超新星ニュートリノをとらえた!

カミオカンデは口径20インチの光電子増倍管という強力な"目"を手に入れ、当時世界で最高精度の実験装置となりました。試験的に動かしてみると、予想以上の性能が期待できそうです。そこで、私はひらめきました。このひらめきが後に「ニュートリノ天体物理学」を創り出す第一歩となりました。

写真:「あかり」による大マゼラン星雲の遠赤外線画像

「あかり」による大マゼラン星雲の遠赤外線画像
(JAXA宇宙科学研究本部提供)

私がひらめいたのは「これだけのエネルギーの低い粒子を観測できる精度があるのなら、改良を加えることで太陽から飛来するニュートリノを正確に観測できる」ということでした。

ニュートリノは常時大量に降り注いでいる粒子なのですが、他の粒子とほとんど反応しないため正確な観測が難しく「幽霊粒子」とも呼ばれていました(常時みなさんの体をすり抜けているのです)。当時は非常に謎に満ちた存在で、たとえば、太陽から来るニュートリノが理論予想の3分の1ほどしか地表に来ていないことは「太陽ニュートリノの謎」と呼ばれていました。ニュートリノが飛来した時刻、方角、エネルギー分布等を正確に測れば、こうした謎が解けるはずだと考えました。カミオカンデを改良すれば、そのための観測装置として使うことができるのです。

カミオカンデの最大の目的は陽子崩壊の観測ですが、実は計画書に「超新星爆発が起きればその爆発で生じたニュートリノを捕捉できる」と書いてあります。陽子崩壊はあくまで理論上の仮説で、本当に起きるかどうか誰にも分かりません。そこで、太陽ニュートリノや超新星爆発で生じるニュートリノの観測も実験目標に加えていたのです。

写真:大マゼラン星雲の可視光画像と「あかり」の観測範囲

大マゼラン星雲の可視光画像(撮影:神谷元則氏)と「あかり」の観測範囲(JAXA宇宙科学研究本部提供)

改良と一口に言うと簡単なようですが、太陽から飛来するニュートリノを正確に観測するのは容易なことではありません。というのも、太陽ニュートリノであれば、装置内の水に含まれる電子と衝突するのは1週間に1個か2個。周囲の岩盤から放射されるわずかなノイズによってかき消されてしまいます。周囲からのノイズをできるだけ少なくするための改良には海外からの協力と1年半の時間を要しました。

改良を終えて、カミオカンデを本格的に稼動させたのは1987年1月。それから2月も経たない2月25日、驚きのニュースが舞い込んできました。共同研究者から私の元に「すごい事件だぞ!君には見えたか?」というファックスが届きました。これは「超新星爆発が起きたが、カミオカンデはそのニュートリノを観測できたか?」という意味です。カミオカンデの観測データを分析すると、2月23日のある13秒間だけニュートリノの観測数が突出していました。カミオカンデが世界で初めて超新星ニュートリノの観測に成功したのです。

これが「ニュートリノ天体物理学」が誕生した瞬間でした。宇宙から飛来するニュートリノを正確に観測することで、宇宙の理解を深めるという、新しい研究分野が確立されたのです。カミオカンデが示した新しい研究分野への道筋は、スーパーカミオカンデへと受け継がれ、現在さらに精度の高い観測実験が行われています。

写真:「あかり」による大マゼラン星雲中の超新星残骸の中間赤外線イメージ

「あかり」による大マゼラン星雲中の超新星残骸の中間赤外線イメージ
(宇宙航空研究開発機構提供)

Profile

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財団法人 平成基礎科学財団
理事長

小柴 昌俊

1926年愛知県豊橋市生まれ。51年東京大学理学部物理学科、55年ロチェスター大学大学院修了後、東京大学助教授、教授、東京大学理学部附属素粒子物理国際センター長などを経て、2002年にはノーベル物理学賞を受賞。2003年(財)平成基礎科学財団を設立し、現在に至る。

『ようこそニュートリノ天体物理学へ』(海鳴社)、『物理屋になりたかったんだよ』(朝日新聞社朝日選書)、『やれば、できる。』(新潮社)など著書多数。

※この記事は、大学ジャーナル2009年9月号(Vol.83)に掲載された当時のものです。