松田卓也先生「教科書の教えてくれない物理」

飛行機はなぜ飛ぶのか 教科書は間違っている! 松田卓也先生

1907年、ライト兄弟によって現代の飛行機の原型が発明されました。飛行機がなぜ飛ぶのかという理論もその頃に確立されましたが、それから約100年経った現在、世界中で使われている教科書の約7割は、間違った理論を教えているといいます。教科書のどこが間違っているのか、そして正しい理論はどのようなものか。第2回はこんなテーマで松田先生に語っていただきました。

飛行機は揚力を得て飛ぶ

飛行機がなぜ飛ぶのか。それは翼に「揚力」が働くからです。揚力は飛行機の翼の上面と下面の圧力差(上面が低く、下面が高い)によるものです。翼の上面を流れる空気の流れの速さが、下面の速さより速いとすると、流体力学でよく出てくる「ベルヌーイの定理」(速さの2乗+圧力=一定)で示されるように、下面での空気の圧力が上面の圧力より大きくなって、揚力が発生します。

これは実に明白で、ここまではどの航空力学の教科書にも正しく記述されています。問題はなぜ翼の上面の空気の速さが下面より速いかです。この点について、ある人が調べたところ、実に教科書の約7割が間違った説明をしている、ということです。

この間違いには、大きく分けて2つあります。以下でその2つの説についてお話することにしましょう。

間違いその1等時間通過説

この説は、揚力が圧力差によって生じるところまでは正しいのですが、その圧力差が生じる理由について誤っています。

飛行機の翼の上面の圧力が低くなるのは、空気の流れが上面の方が速いからです。飛行機の翼は上面が少し膨らんでいます。翼に空気があたると、翼の前縁で空気が上面と下面に分かれますが、等時間通過説では、それらは翼の後縁で同時に出会うとされます。翼の上面の方が下面より少し距離が長いために、結果的に上面の空気の流れの方が速くなる、というわけです。

しかし、この理論に従えば、曲芸飛行などで飛行機が上下反対になり、背面飛行をすると飛行機は墜落することになり、この説が間違っていることは明らかです。もう1つ身近な例は、紙飛行機です。紙飛行機の翼は紙で薄く平らですから、翼の上と下とで空気の進む距離は変わりません。すると空気が流れる速さは同じになり、圧力の差が生まれないことになります。実際に風洞などで実験を行ってみると、翼上面の空気の方が先に後縁に着く、という結果も出ます。

こんなに明らかに間違った等時間通過説が、多くの教科書、解説書に採用されているのです。

間違いその2跳石(とびいし)説

飛行機の翼には「迎角(むかえかく)」といって、翼の後方を前方より下げることでできる角度がつけられています。飛行機が飛ぶ際には、迎角が必要です。この説は傾いた翼の下面に空気があたると、作用・反作用の法則から、翼を上に跳ね上げるような力が働き、それによって飛行機が上に持ち上げられるというものです。河原からできるだけ水面に沿って石を投げると、石が水面に当たって何回か跳ね上がる現象が見られますが、あれと同じ原理です。

この考えは、100%間違いということではなく、確かにスペースシャトルが超高空から下降して大気圏に突入する時には、この現象で揚力が発生します。

この理論に従えば、飛行機にとって重要なのは翼の下面であり、上面はどうでもよいことになります。しかし実際に飛行機を見ると、エンジンは翼の下に付いていますし、それから、戦闘機はミサイルをすべて翼の下にぶら下げています。もし下面が重要なら、空気の流れを変えるような障害物を下面につけてはいけないはずです。じつは大事なのは翼の上面の方で、揚力は翼の下を押し上げると言うよりはむしろ、翼の上を吸い上げるように働いているのです。

飛行機の墜落原因で最も多いのが、「失速」によるものです。これは、翼がある一定以上の角度で上を向く、つまり迎角がある大きさを超えると、翼の上面に沿って流れていた空気が翼から離れて(我々はこれを「空気の流れがはがれる」と言います)しまい、揚力がなくなるのです。これを失速といいます。

飛行機が墜落するのは、離着陸時が多いのですが、これは低速で揚力を得ようとすると、どうしても迎角を大きくとらなければいけないからです。この時、迎角を一定以上の大きさにすると、翼上面の空気がはがれ、失速して墜落してしまうのです。もしも跳石説が正しいなら、翼下面だけが重要で、翼上面で空気がはがれても、揚力には影響が無いことになります。

以上2つの説が間違っていることは、NASAのHP にも掲載されています。

揚力を生む空気の渦

正解は、翼に空気が当たると、翼周りに空気の流れの循環(渦)が発生し、翼の上面の空気が速くなり、そのため圧力差が生まれ、揚力が発生する、というものです。この時の揚力の大きさは「クッタ・ジュ-コフスキーの定理」により、「揚力=空気の流れの速さ×循環×空気の密度」で表されます。

問題はなぜ循環が発生するかです。空気の循環は飛行機が地上で停まっている時には発生していません。それが離陸するため走り出すと、前から流れてきた空気が翼にあたり、上に行く流れと、下に行く流れに分かれます。この空気が上下に分かれる点を翼前縁の「淀み点」といいます。これは迎角がある場合、翼の前縁付近の少し下面よりにあります。上下に分かれた空気が再び出会うところを後縁の淀み点といいます。これは最初、翼後縁付近の少し上面にあります。これはスピードが上がるにつれ少しずつ後ろに移動していき、最後に翼の後縁に一致します。このような流れになると翼周りに循環が発生します。なぜ後ろの淀み点が翼の後縁に一致するかというと、それは翼の後縁がとがっているからです(これをクッタ条件といいます)。翼の後縁が丸いと飛行機は飛べません。

大気中には最初空気の循環は存在していません。つまり総循環は0です。流体力学の定理から、総循環はいつも一定であるという性質があります。そこで、飛行によって循環が発生すると、それを打ち消すように、逆向きの循環が発生しなければなりません。その、翼と逆の循環(渦)がいわゆる「出発渦」です。この出発渦は飛行場に残ります。飛行機が出発した後も、飛行機の翼周りの循環と出発渦を繋ぐための循環、糸のようなもの、「翼端渦」が発生します。

空港に出発渦が発生し、それが飛行機と翼端渦で繋がっている、というのはちょっとイメージしにくいかもしれませんが、翼端渦は目で見ることができます。YouTubeには、翼端渦を撮影したものがいくつかアップされています。興味のある方は「wingvortex」というキーワードで一度探してみてください。なお、ジャンボ機が離陸した後の空港は、出発渦や翼端渦で空気が乱れていて、小型機の墜落の原因になります。

Profile

松田卓也先生の写真

松田 卓也 先生

1943年生まれ(大阪)。1961年大阪府立北野高校卒業。1970年京都大学大学院理学研究科博士課程物理第2専攻天体核物理学理学博士。1970年京都大学工学部航空工学助手。1973年同助教授。1992年神戸大学理学部地球惑星科学科教授。2006年同定年退職。現在、神戸大学・同志社大学・甲南大学非常勤講師、中之島科学研究所研究員、朝日カルチャーセンター講師、元日本天文学会理事長、ジャパンスケプティックス会長、ハードSF研究所客員。専門:宇宙物理学、相対性理論、趣味に疑似科学批判、プレゼンテーション理論。著書:「なっとくする相対論」(講談社)「タイムトラベル…超科学読本」(PHP研究所)。物理小事典(三省堂)。

NPO法人「あいんしゅたいん」の付置機関「基礎科学研究所」HP上にて、web小説「悪の秘密結社『猫の爪』による世界征服計画」を連載中。

※この記事は、大学ジャーナル2011年6月号(Vol.93)に掲載された当時のものです。