松田卓也先生「教科書の教えてくれない物理」

専門家も惑わす相対性理論のワナ 松田卓也先生

20世紀最大の物理学者と称されるアルバート・アインシュタイン。
アインシュタインの代名詞といえば相対性理論ですが、一般の人にとって難しい理論であるだけでなく、専門家の中にも十分に理解していない人もいる。
その一端をご紹介します。

「相対性理論」とは

限られた紙面で相対性理論についてわかりやすく説明することは、残念ながら不可能です。そこでとりあえず「相対性原理」という言葉が示す意味について説明することにします。

次のような例を考えます。ある人が電車のプラットホームにいて、その前を電車が高速で通過していくとします。プラットホームにいる人が手に持った爪切りを落とすと、足下に落下します。電車に乗っている人が爪切りを落下させても、爪切りは後ろに取り残されるのではなく、やはり足下に落下します。つまりプラットホームでも電車の中でも同じ物理現象が起きます。昔ガリレオはこのことをさして、「船の中でも陸と同じ生活ができる」と表現しました。これが相対性原理です。

難しい言葉で言えば、物理現象を記述する方程式は、止まっていても、運動していても形が変わらない(不変)ということです。その意味ではニュートン力学も相対性原理を満たします。ただしアインシュタインの相対性原理と区別して、ガリレイの相対性原理とでも言っておきます。アインシュタインは電磁気学を記述するマクスウエルの方程式が、運動していても形が変わらないことに目をつけました。つまり電磁気現象は止まっていても動いていても同じだということです。これが「アインシュタインの相対性原理」で、それに基づいた理論が「(特殊)相対性理論」です。

相対性理論が絶大な人気を誇っているのは、この考え方を受け入れると、常識では考えられないような現象が次々と起きるからです。なかでも運動している物体の長さは短くなるという「ローレンツ収縮」や、高速度で飛んでいるロケットにのっている時計の進み方は遅くなるという「時計の遅れ」などは人気があります。ところがこのローレンツ収縮に関して、相対性理論の専門家でも正しく理解していない人がいます。それが今回の話です。

2台のロケット間の距離は縮むか?

運動している物体の長さは縮むという「ローレンツ収縮」に関して、私はある物理学者と共同で、ある物理雑誌に「2台のロケットのバラドックス(矛盾)」と呼んでいる問題を発表しました。

いま、宇宙空間に2台のロケットが離れたところに静止して浮かんでいます。コントロールセンターは2台のロケットの艦長に、次のような同じ命令を下しました。0時0分0秒に同時にロケットを始動して、同じ加速度で同じ方向に向けて出発して、同時に同じ速度に達したら、後はその速度を維持せよ。その速度が光速度に近い速度だとします。問題は、この2台のロケット(の重心)の間隔がローレンツ収縮するかというものです。

発表後に分かったのですが、これと似た問題を、ベルという有名な量子力学者が私たちより以前に提案していました。少し違うのは、2台のロケットは細い紐で繋がれているという点です。もしロケットが同時に同じ方向に同じ加速度で加速して、同じ速度になったときに、この紐が切れるかどうか?という問題にしていました。ベルが予期した答えは、ロケットも紐もそれぞれローレンツ収縮する。しかしロケットの(重心の)間隔は縮まない。従って紐は切れる。

しかし、この場合、紐が十分に強ければ切れませんから、答えは紐の強さによって変わることになります。

私たちの問題では、2台のロケットは紐でつながれていません。間にあるのは空間です。ですから問題は2台のロケットの(重心の)間隔はローレンツ収縮するか?という点です。正しい答えは「収縮しない」というものです。

このことを理解するために、横軸に空間座標x、縦軸に時間座標tをとった時空図で考えましょう。まず2台のロケットが静止している場合は、時空図上のロケットを表す線(世界線)は、x軸に垂直な2本の平行線です。次にロケットが急加速して、短い時間の間にある一定の速度に達したとします。この場合、2台のロケットを表す世界線は傾いた平行線です。その線の間の水平距離は、先の垂直な2本の線の水平距離と同じです。つまり2台のロケットの間隔は、ロケットが静止していても、運動していても変わりません。このことは、相対性理論とは関係なく、時空図上の作図から分かるように幾何学的な問題です。しかし、ロケットの長さ自体はローレンツ収縮します。この点がなかなか理解されません。

専門家を蝕む「強固な思い込み」

私がこの問題を講演などの場で話して、会場に問いかけると、意見はほぼ半々に分かれます。そこで「縮む」と答えた人に、ていねいに説明すると、再び半数の人は理解してくれます。ところが残った人には、なかなか理解が難しいようです。その原因は、相対性理論では、高速に運動するものはローレンツ収縮するという思い込みです。

実はこのパラドクスの発表後、ある大学の名誉教授から反論をもらいました。その人は、2台のロケットを1台の巨大なロケットに見立てたとすると、ローレンツ収縮によりロケットは収縮するため、2台の間の距離は縮む、と主張されました。しかし、2台のロケットが強く紐などで結ばれていないかぎり、1台のロケットとは見なせません。

また別の大学教授は、相対論の問題は時空図などでは説明できないと反論してきました。とんでもない話です。時空図はアインシュタインの数学の先生であったミンコフスキーの発明したもので、その教授の専門である素粒子論ではファインマン図としてよく使われています。

この人たちには、どのような説明をしても理解してもらえませんでした。専門家なのに、なぜこのようなワナに陥るのでしょうか。それは一つには、彼らが式だけに頼って、図とか直感的に考えることをしていないからです。もうひとつは「強固な思い込み」です。

しかしいかに間違った思い込みをしていても、科学とは客観的、合理的な説明をすれば、一定の知的訓練を受けた人なら、共通の認識に達するはずのものです。それがそうならないのは、人間心理には強固な非合理性が潜んでいるからだと思います。

Profile

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松田 卓也 先生

1943年生まれ(大阪)。1961年大阪府立北野高校卒業。1970年京都大学大学院理学研究科博士課程物理第2専攻天体核物理学理学博士。1970年京都大学工学部航空工学助手。1973年同助教授。1992年神戸大学理学部地球惑星科学科教授。2006年同定年退職。現在、神戸大学・同志社大学・甲南大学非常勤講師、中之島科学研究所研究員、朝日カルチャーセンター講師、元日本天文学会理事長、ジャパンスケプティックス会長、ハードSF研究所客員。専門:宇宙物理学、相対性理論、趣味に疑似科学批判、プレゼンテーション理論。著書:「なっとくする相対論」(講談社)「タイムトラベル…超科学読本」(PHP研究所)。物理小事典(三省堂)。

NPO法人「あいんしゅたいん」の付置機関「基礎科学研究所」HP上にて、web小説「悪の秘密結社『猫の爪』による世界征服計画」を連載中。

※この記事は、大学ジャーナル2011年12月号(Vol.97)に掲載された当時のものです。