トップが語る、「大学」と高校生へのメッセージ

明治大学長 福宮賢一先生「困難な道を選ぼう 世界へ一歩、踏み出すために」

福宮賢一先生の写真

志願者総数が6年連続で10万人を超え、しかもその数がここ3年連続して日本一を誇る明治大学。新しい明治を象徴する駿河台キャンパスに加えて、来春には「世界へ発信する大学」を目指す新しいキャンパスが中野に開設されます。ここでは「社会に貢献する数理科学の創造・展開・発信」を理念とした総合数理学部の開設も予定されていて、話題を集めています。伝統の就職の強さに加えて、近年はまた国際化拠点大学とされる13大学[解説(1)]に選ばれるなど、世界を視野に入れたその取り組みにも、受験生の注目が集まっているようです。
今春、学長に就任された福宮賢一先生に、グローバル化時代の大学、大学で身につけるべきこと、高校生へのメッセージなどについてお聞きしました。

グローバル化と大学の使命

明治大学の写真

「社内公用語を英語にする」、「昇進に当たってはTOEFLなどで英語運用能力を見る」、「新規採用に当たっては海外留学経験者を優遇する」、「国内大卒者の割合を減らす」、こうした一連の産業界の動きとそれに呼応した国の政策によって、グローバル化に対応できる人材、いわゆるグローバル人材の養成が大学の大きな使命と考えられるようになってきました。一方、大学のグローバル化というときには、海外からの留学生受け入れを増やすことにも重きが置かれます。これは、日本人学生の国際理解、異文化理解にも大いに役立つという教育の面での効果も期待されるからです。ただこの場合、入学時期などの諸制度を世界的な標準に合わせるだけでは不十分です[解説(2)]。海外の若者の目から見て魅力あるカリキュラムをいかに用意するか、つまり各大学がそれぞれ持っている知的財産をいかに高め、それを活用できるようにするかが重要なのです。

グローバル人材の育成には、語学力、とくに英語の運用能力を向上させるカリキュラム・教育方法についての工夫、改善が欠かせません。しかし、実際に国際社会で活躍することを考えると、単に語学というツールが操れるだけでは不十分です。やはり、深い専門知識、専門性とそれを基盤にした論理的思考力が必要です。様々な歴史・文化を背景に持つ人々と交渉したり、物事を取り決めたりする際には、論理的に意見を述べ、相手を説得できなければならないのです。

国際社会では、人として尊敬されることも重要です。そのためには豊かな人間性を涵養する、つまり幅広い教養を身につけるとともに、異文化理解を深め、他者への共感、ひいては人類愛を育むことが大切です。あわせてそれを表出する能力も身につけたいものです。

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降り注ぐ光が印象的なアトリウム(中野キャンパス)

現在、大学生の74%を受け入れている私立大学の立場でいうと、グローバル化はその役割をますます重要なものにしてきていると思います。社会には実に様々な仕事、職業があり、お互いに役割を分担しながら、それぞれの立場で全体を支えていますが、これまでそれを支える人材の多くを養成してきたのは私立大学です。グローバル化した国際社会は、一握りのエリートだけが活躍する場ではありません。私立大学としては、これまで同様、今後はそこへ向けても多様な人材を輩出していかなければなりません。自分のためだけでなく、世界の人びとのために役に立つ人、仕事ができる人の養成を目指して、私立大学全体に課せられた使命は大きいと思います。

明治大学の使命

明治大学もまた、そうした私立大学の一翼を担いながら、130年を超える歴史の中で様々なタイプの人材を社会へ送り出してきました。

建学の精神は「権利自由」と「独立自治」。権利自由とは基本的人権の尊重という人類普遍の原理・原則を謳ったもので、それは「独立自治」、つまり自立した個人の存在を前提として成り立つ、というように解釈されています。今、キャッチフレーズに使われている、「強い《個》」や、「《個》を強くする」の《個》は、まさにここに由来しています。

明治大学の写真

明治大学の前身となる明治法律学校を創設した3名(岸本辰雄、宮城浩蔵、矢代操)は、司法省法学校でフランス法学を学んだ官僚で、うち2名はフランスへ渡り、自由・平等・博愛の精神を学び、それを日本の法体系に活かすべく学位を取って帰国しました。当時の日本は今以上に国際化を急いでいましたから、その思いの多くは、今の私たちにも十分共有できるものですし、彼らが掲げた理念は、グローバル化時代の今こそ、強く認識されなければならないと思います。実際この間も、世界各地では紛争で命を落とす人たちが絶えません。誰からも抑圧されない自由と個の自立というものがいかに大切か、平和な社会に生きる私たちは、これを真摯に受け止めなければならないと思います。

本学には脈々と受け継がれてきた建学の精神が今も息づいていて、2011年度より国連の難民認定者を毎年2名ずつ受け入れています。初年度がミャンマーから、今年度はミャンマーとアフガニスタンからです。また世界的な人権擁護団体で知られるヒューマン・ライツ・ウォッチの日本支部も本学のキャンパスに置かれています。

大学で身につけること

国際社会で活躍する、という以前に、社会に出るまでに大学でどうしても身につけてほしい力が「もう一歩、《前へ》踏み出す力」です。

昨今の大学生は、個々に目をやると、授業には必ず出席するなど昔に比べると皆、ずいぶん真面目で、同時に高い潜在能力に恵まれていると思います。ただ「大学は自ら学ぶところ」という意味からは、少し物足りない面もあります。決められたことを越えて何かを要求されても、そこからなかなか前へ踏み出せない。ゼミで教えていても、とても惜しいなと思うことがよくあります。情報が溢れ、経済的にも恵まれているから、何事に対しても感動する力が弱く、受け身の姿勢で受け止めることが多いのかもしれません。しかし将来は、他のアジアの元気な若者たちと机を並べて仕事をする機会も多くなると思いますから、このままで、彼らに伍してやっていけるのか、こちらの方がやや不安になります。すでに一部の企業では、新規採用のかなりの部分を外国人でまかなっていますが、そうした現状にも敏感であってほしいと思います。

社会へ出て仕事をするようになると、予め答えが用意されているようなことはまずありませんし、常に困難がついて回ります。そこで求められるのは、新たに出会った問題を解決する力、言い換えると新しいものを生み出す力で、その前提になるのが「一歩《前へ》踏み出す力」なのです。

明治大学の写真
中野キャンパス外観

この力、あるいはそうした態度を養うには大学の4年間が最適ですが、そのためには大学で、簡単なことや口当たりのいいものにしか飛びつかないようではダメです。私はよく《脳を鍛える》と言っていますが、なかなか理解できないようなこと、かなり難しそうなことにも挑戦して、それに振り落とされないように必死でしがみついていく。そしてそれを解決していく過程で、「あ、そうか」という思いを何度もすることです。

私のゼミではミクロ経済の抽象的な理論から入りますが、複雑な数式を使うため、学生は最初のうちは戸惑います。理解しにくいどころか面白くもない。しかしステップを踏んで解き明かしていくと、必ず腑に落ちる瞬間が訪れます。経済学の複雑なモデルの中にも、意外に人間的な側面が隠されていたり、社会では、表に見えているものと本質とが違ったりもするということが理解できるようになる[解説(3)]。こうした経験をたくさん積んでいくと脳が鍛えられ、いろんな問題に対しても答えが引き出せるような頭脳の持ち主になれるのです。視野が広がり、世の中に対する見方、自分なりのスタンスができてきて、何でも自分の頭で考えられるようになる。それができるようになれば、あとは「一歩《前へ》踏み出す」だけなのです。

高校時代は

福宮賢一先生の写真

高校時代においても、難しいこと、困難なことを避けないという姿勢は大事です。例えば苦手科目を作らないこと。そもそも苦手科目というのは、苦手意識が高じて、それが将来、何の役に立つのかという思いに至った時に固まってきます。苦手だからあまりやらない。そして、そのうちやらなくていい理由を考え始めるのです。

しかし大学で学ぶことを考えると、苦手科目は極力作らない方がいい。というのも、私自身の経験や、大学で教えてきた経験では、高校までの勉強で大学へ入ってから役に立たないものなど一つもないからです。高校で学ぶことはすべて大学で学ぶために必要な基礎となる。ですから、もしその中に苦手なものがあると、大学へ入ってからそれを学び直すのに余分な時間と労力を要するようなことにもなりかねないのです。確かに、基礎的な勉強というのは、スポーツのトレーニングと同じで面白くないものが多いかもしれません。しかし、そこを通り越さない限り、大学で学ぶうえで基礎となる力をしっかり身につけることはできないのです。

勉強の仕方、というか集中力を高める訓練も大事です。高校の先生からは、クラブ活動をしている生徒の方が成績が良いことがあるという話をよく聞きます。これは限られた時間を有効に活用しようと、集中して勉強することがいかに大切かを表していると思います。部活に時間をかけるということは、受験準備という観点からは不利な選択かもしれませんが、そのことがかえって集中力を発揮させてくれるのです。

私自身のことを振り返ると、これまで人生の節目々々では、できるだけ困難と思える選択肢を選んできました。今こうして、皆さんにお話できるのも、その結果かもしれません。選ばなかったことを悔やまないためにもあえて困難な道を選んでみる、それも重要な選択肢の一つだと思っています。

解説
(1)グローバル30

海外からの留学生受け入れと、国内学生の海外派遣によって大学のグローバル化を目指す、国による国際化拠点整備事業。2009年度に始まり、当初は30校を選んで助成を計画していたためこの名称となった。現在のところ、北海道大学を除く旧帝大と筑波大学の国立7大学と、私立大学は慶應義塾大学、上智大学、早稲田大学、同志社大学、立命館大学に明治大学を加えた6校で、計13校が選ばれている。

採択されたプログラムの名称は、「明治大学グローバルコモン・プログラム」。明治大学では、2020年までに海外からの留学生受け入れを4000人とし、海外へは本学学生1500人を派遣するとしている。また"日本を学ぶなら明治"をキャッチフレーズに、日本の社会や文化、そして技術等に関する豊富に蓄積された知識と経験を100科目の「クールジャパン科目群」に落としこみ、日本の魅力を世界へ向け発信している。そして知のグローバルコモン(国境や国家の枠を超えて、地球規模で人々が集う場)を確立し、そこで日本人学生が多くの留学生と交流することで、コミュニケーション能力を養い、世界的な視野を広げることを目的とする。

さらに、各キャンパスに国際交流ラウンジが置かれていて、日常的に留学生との交流が図れるよう配慮されている。

(2)イングリッシュトラック

国際日本学部には、イングリッシュトラックと呼ばれる、英語による授業を受けるだけで卒業・修了できる『英語コース』が用意されている。大学のグローバル化には、このようなカリキュラムの整備が欠かせない。現在は、英語による授業は約400コマ用意されており、今後はそれを倍増していく計画だ。現時点では、学部ごとの開設が難しいため、当面は各学部に置かれた英語の科目を、横断的に履修して卒業できる国際教育プログラムが準備されている。なお、2013年4月には、イングリッシュトラックの一つとして、理工学研究科建築学専攻国際プロフェッショナルコースの開設が予定されている。

(3)クールノーの競争(均衡)

産業組織論で扱う経済モデル。クールノー(アントワーヌ・オーギュスタン・クールノー、1801年~1877年)はフランスの哲学者、数学者、経済学者。

同じものを生産する2社のうちの1社が、相手は生産量を変えないと想定して自社の生産量を変えたとする。するとそれを見た相手は生産量を変えることで優位に立とうとする。すると先の1社は再び生産量を変えなければならない。こうしたいたちごっこは、均衡に達するまで繰り返され、それまでお互いに想定の誤ちを繰り返すとされる。

Profile

明治大学長

福宮 賢一先生

1946年生まれ。69年明治大学商学部卒業。74年同大学大学院博士課程単位取得退学。同年、明治大学商学部専任助手。同講師、助教授を経て、88年より商学部教授。商学部長、副学長(社会連携担当)を歴任して、2012年4月より現職。専門は産業組織論。東京都立石神井高等学校出身。

※この記事は、大学ジャーナル2012年9月号(Vol.101)に掲載された当時のものです。