トップが語る、「大学」と高校生へのメッセージ

大阪大学総長 平野俊夫先生「本質を見極めるために」

平野俊夫先生の写真

1838年緒方洪庵によって開設され、後に明治の新しい国づくりをリードした多くの人材を生んだ適塾。その適塾内に洪庵が開設した除痘館(種痘所)は、江戸幕府公認の最初の種痘法治療所となり、それが今日の大阪大学医学部へとつながっています※1、2、3。総合大学としてのスタートは1931年、適塾の系譜を引く大阪医科大学を中心に、日本で6番目の帝国大学(戦後の国立大学)として誕生しました。その設立に当たっては地元大阪府民の熱意が大きく、国立大学でありながら全額を府政と、府民・財界からの寄付によったことが知られています。伝統の医学部で、免疫研究者として世界的に知られる平野俊夫総長(第17代)の夢は、「大阪大学を世界の10指に入る総合大学にすること」。平野総長に、大学で学ぶこと、高校時代に身につけておいてほしいこと、そして大阪大学について語っていただきました。

※1 適塾で学んだ塾生(福沢諭吉、長与専斎、橋本左内、佐野常民、大村益次郎、大鳥啓介、手塚良仙など)
※2 次に東京のお玉ヶ池にできた種痘所は、東京大学医学部へとつながっていく。
※3 附属病院は脳死による心臓移植を日本で最初に行ったことで知られる。また心臓、肺、肝臓、腎臓、小腸の5臓器を同時に移植できる国内で唯一の病院でもある。最近では日本で初の幼児の心臓移植も行った。

大学の使命と大学で最も学んでほしいこと、身につけてほしいこと

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大学とは、《学問と教育の府》といわれるように、学問の追求と、学問に根差した教育を行うことを使命とするところで、それ以上でもそれ以下でもありません。もちろん大学にも様々なタイプがありますし、同じ大学でも文系や理系、学部などによって異なる点は多々あります。しかし不断に研究活動を行い、それを通じて、社会へ出てすぐに活躍する人から次の時代の研究者まで、未来のための人材を育成する、つまり未来の源泉であるという点においては全て同じです。

大学は様々なことを学び、様々な力をつけていくところですが、中でも私が最も大切だと考えていることは、物事の本質を見極めることを学ぶこと、その能力を身につけることです。

どんな学問も、真理の探究、未知なものの追求に始まります。当然、予め決められた道筋はなく、その道程も平坦ではありません。真理の解明目指して、みないろいろな角度から考えたり、実験や実証を繰り返したりするわけです。中には比較的早く真理に到達する人もいれば、なかなか到達できない人もいるでしょう。しかしその過程で試みる、困難や障壁を乗り越えていくための様々なアプローチや、物事の捉え方は確実にその人のものとなります。それらは知識と違って、他の問題解決、たとえば社会に出て、これまで経験のない仕事においても使えるのです。

恐らくみなさんは、高校までは既存の知識を吸収することを主体に学んでいると思います。しかし大学では、さらに新しい知識を吸収するとともに、それらを組み合わせて、誰も足を踏み入れたことのない領域へ進まなければなりません。その過程がまさに物事の本質を見極めていく過程であり、学問することそのものという意味で、そうした場を提供するのが大学の本質的な役割とも言えるのです。

大学でしかできないことを学ぼう

大学の学問や研究は、基礎と、社会ですぐに役に立つ応用とに分けることができます。どちらも大事なことはいうまでもありませんが、大学でしかできないという意味で、私は、基礎研究を特に大事にすべきだと考えています。現在のように経済全体が落ち込む中では、よほどの大企業でない限り、基礎研究に十分な予算を回すことはできませんから、大学や国の研究機関の果たす役割はこれまで以上に重大だと思います。また目の前の課題を解決するための研究や応用技術の成果というものも、そのベースとなる基礎研究の深さによって異なってきます。基礎研究の分厚い蓄積がないと、同じように課題を解決するにしても、低いレベルでの解決しかできません。どれだけの分野に亘って基礎をどれだけ深く積み重ねているかは、大学の底力にも関係してくることです。

もっとも国の財源が乏しくなりつつある昨今、国民や財政当局がどこまで我慢して基礎研究に資金を投入し続けられるかも大きな問題です。公的な財源が逼迫してくると、社会はどうしても目先のことに目を奪われます。しかしそういう時だからこそ、私は逆にしっかりと将来の手立てをしておくべきだと考えています。それを怠っていると、将来そのツケが必ず回ってくるからです。

かつて医師不足が叫ばれ始めた時、私は医学部長をしていましたが、当時考えたことは、現場の医師の養成を最優先にするあまり、基礎研究や未来の先進医療を担う研究者の養成を怠るようではいけないということでした。世の中は常に流動し続けています。時流に合わせて短期的に判断することは極めて危険なのです。

成果について長期的な視野の下で期待するのと、短期間で期待するのとの違いは、人材養成の姿勢にも表れます。近年、新入社員の教育にかつてのような手間と時間をかけられなくなった企業は、即戦力として通用するような人材を大学に求めてきます。しかし、例えば話が上手、英語が堪能であるなどで、入社後すぐに役立つ人間が、将来、その会社を背負って立つ存在になるとは限りません。私はやはり、長い年月で問われるのはその人の中身であり、大学教育ではそのことを最優先にすべきだと思っています。

最近は、大学、学部の教育で大事なのは、専門なのか、幅広い教養なのかという議論もあります。背景には、専門領域の細分化によって専門以外のことに目が向けられない研究者が増えてきたことがあります。もちろん人間として、幅広く教養を学び、広い視野を備えることが大切であることはいうまでもありません。しかし、忘れてはならないのは、昔からどの分野においても、成功した人は一芸に秀でた人だということです。それがなければあくまでも評論家の域を出ませんから、自ら何かを成し遂げるにはやはり力不足です。大局的に見る力も結局は本質を見極める力によるものではないでしょうか。

大阪大学が目指すもの

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大学には、未来に向けた取り組みを中心にしているところや、社会へ出てすぐに役立つ知識の獲得や技術の養成を中心にしているところなど様々な種類があります。その中で大阪大学は、より未来を担うことに重点を置いた大学を目指しています。もちろん4年で社会へ出て即戦力となる卒業生も少なくありませんが、医学部で言えば、医師免許を持ってすぐ医者になる人材だけを輩出するのではなく、高度先進医療や、今は不治といわれる病気の解明や治療法の確立に取り組むなど、未来、あるいは近未来の医療を担う人材の養成にも力を入れるといった具合です。これは他の学部も同様で、大阪大学としては、人材育成も含め、未来に照準を合わせた学問と研究の世界的な拠点を目指していきたいと考えています。

最近多くの大学が取り組むグローバル人材の育成では、求められる資質として異文化理解や相互尊重、多面的な視野などが共通認識となっていますが、私はそこへ《恕(じょ)》という言葉を加えることにしています。これは孔子の言葉で、常に相手の立場を考え、人に寛容であれという意味です。今日の社会に則して言えば、相手の立場を考えて問題解決を図る心(寛容の心)ということになるかもしれません。組織の人間関係や社会全般でも求められることですが、グローバル社会では特に重要なキーワードになってくると思います。

この《恕(じょ)》の心は、どこまで相手を受け入れ、相手の立場になって物事を考え、行動することができるか、という意味からは、《共生》の概念にも通じます。この概念は、主に地球環境や資源の枯渇の問題からクローズアップされてきましたが、昨年の東日本大震災以降、自然そのものとの共生ということも強く意識されなければならないと感じています。自然は私たちの想定をはるかに超える力を持っていて、それを私たちは完全に克服できないからです。

同じことは病気や老化に対しても言えます。医学や医療は、19世紀から20世紀にかけては感染症をほぼ克服し、昨今では再生医療や遺伝子治療で新しい可能性を拓きつつあります。人工臓器などによって、体の一部を自由に取り換えられるようになる日も近いかもしれません。しかし、どんな時代になっても病や老いを受け入れなければならないでしょうし、心の安らぎを保つには老・病と共生していくしかないのです。

夢を持ち続けること

大学へ入ってからは専門分野の知識を身につけることが大事なのと同じように、高校時代には幅広い知識と基礎学力を身につけることが大事です。それがなければ、大学で深く学ぶことはできないからです。最近はグローバル社会に対応するために、小・中学校でも知識を蓄えるだけでなく、自ら考え、発信する力を身につけることが大事だという風潮も生まれています。そのためにも、基礎知識や基礎学力は欠かせないのです。

もう一つ、これは高校時代に限りませんが、さらに大事なことは夢を持ち続けることです。みなさんも小さい頃はたくさんの夢を抱いていたと思います。総理大臣になりたい、宇宙飛行士になりたい、あるいは電車の運転士やケーキ屋さんになりたいと思っていた人もいるでしょう。小さい頃にはみな同列に意識され、現実を知らない分、大変困難なことでも本気で夢見ることができるのです。しかし、成長するにつれ、現実を知れば知るほど、人はその夢をどんどん失っていきます。夢を忘れていく過程が成長の過程であると言い換えてもいいかもしれません。

しかし、現実は現実として、私はみなさんに、自分の描いた夢に少しでも近づく努力をする人になってほしいと思います。夢や目標を決してあきらめずに、それを目指して常に努力していると夢は現実のものになります。一つ夢が達成できるとまた次の夢が浮かんでくる。そして夢を抱き続けていれば、心は常に明るく、少しぐらい苦しいことがあっても頑張ることができるのです。恩師※4の言葉で、私がいつも大切にしている言葉があります。「夢見て行い考えて祈る」。夢を描いたら、まずその夢に向かって行動してみよう(行い)。そしていろいろ考察する(考える)のは次の段階でいい。後は結果について祈るだけだと。

※4 大阪大学第11代総長 山村雄一先生。

高い目標を実現するために

免疫応答制御タンパク質の一つ、インターロイキン6※を発見したことで世界的に知られる平野先生。その研究の歩みを振り返って、「研究には流行に流されず、常に本質を見極める態度が必要」と言う。「もちろん本当に自分がやりたいことなら流行のものに取り組んでも構わない」とも。

平野先生は、高い目標に向かうことを、よくお城の天守閣に登ることに譬えるのが好きだ。「天守閣に登るには、堀に飛び込み、高くて急な石垣も登らなければならない。遠巻きにお堀の周りを回っているだけでは、身は安全でもいつまでも核心に迫ることはできない。永久に天守閣に登ることはできない」と。人気の医学部進学については、「偏差値が高いから医学部へ行くという動機ではいずれ行き詰る。病気を治して人のために役に立ちたいなどの社会的使命感や、人間や生物、そして生命について知的好奇心のある人に進んできてほしい」と。

※ IL-6(インターロイキン(Interleukin)-6)はT細胞やマクロファージ等によって産生される生理活性因子で、免疫応答を制御するサイトカインの一つ。IL-6は1986年に相補的DNA(cDNA)がクローニングされ、以降IL-6は種々の生理現象や炎症・免疫疾患の発症メカニズムに関与していることが明らかになった。
平野先生は1986年にIL-6を発見し関節リウマチ等の治療薬の開発への道を開いたことにより、2009年、スウェーデン王立科学アカデミーからクラフォード賞を、岸本忠三第14代大阪大学総長とともに、日本人で初めて受賞した。また、2011年には日本国際賞を受賞した。

Profile

大阪大学 総長

平野 俊夫先生

1947年大阪府生まれ。1972年大阪大学医学部卒業。73年~76年NIH留学。大阪府立羽曳野病院内科を経て、熊本大学助教授、大阪大学助教授、同教授、生命機能研究科長、医学系研究科長・医学部長を歴任。2011年8月より現職。2005年~06年日本免疫学会会長。サンド免疫学賞、藤原賞、クラフォード賞、日本国際賞など受賞多数。2006年紫綬褒章受章。専門は免疫学。免疫機能における情報伝達において重要な働きをするインターロイキン6(IL-6)を発見し、そのメカニズムと自己免疫疾患との関連性を解明。大阪府立天王寺高等学校出身。

※この記事は、大学ジャーナル2012年11月号(Vol.102)に掲載された当時のものです。