トップが語る、「大学」と高校生へのメッセージ

東京工業大学学長 三島良直先生「学びの質を高めるために」

三島良直先生の写真

日本一の理工系総合大学として不動の地位を占める東京工業大学。歴史の古さでも東京大学工学部と肩を並べる※1。創立以来、産業との結びつきは深く、その勃興期には、官を中心に人材を輩出する東大に対して民間企業へ多くの人材を輩出してきたことから、日本の工業化を現場から支えてきたとも言われる。「《日本一》の理工系大学から、《世界最高》の理工系大学」へ。その実現には《自覚と熱意を持って挑戦し続ける大学》であることが不可欠と、130年を超える歴史を持つ大学の改革を先導される三島良直学長に、グローバル化と大学、学びの質を高めることの重要性についてお聞きした。

※1 明治14年に開設された東京職工学校に始まるが、さらにその淵源は東京大学工学部の源流でもある東京開成学校(明治7年開設)にまで遡ることができるといわれている。

グローバル時代の大学の使命

ごく最近までは、多くの大学にとっての教育の目的は、国内の産業振興、工業の活性化に貢献する人材養成とされてきました。しかし多くの企業がグローバル展開を加速する今日、大学にとっては、そのような状況でも力を発揮できるグローバル人材、あるいはグローバルリーダーの育成が急務となってきました。また国内に活躍の場を見出そうという卒業生にとっても、海外経験やグローバル化についての意識はなくてはならないものになりつつあります。

一方で高校や大学、あるいは企業からは、最近はやや改善されたとはいえ、若者の内向き志向を懸念する声が聞こえてきます。大学卒業後には海外へ出て、積極的に仕事をしようという意識が希薄だというのです。

こうした中、多くの大学は留学制度の拡充や留学生受け入れの拡大など、学生がグローバル化を直接意識したり体験したりできるような仕組や雰囲気作りに積極的です。私もできれば学部の間に短期間でもいいから海外へ出ることを薦めています。現地の学生の勉強の様子や、キャンパスの雰囲気を見て来るだけでもとてもいい経験になるものです。

しかしこれらに先立って、私がなによりも大事だと考えているのは、人に無いものを身に付け、人のできないことにチャレンジしようという気概を学生に抱いてもらうことです。というのも、グローバル化に逆行する内向き指向の根底にあるのは、その時その時をあまり苦労せずに無難に過ごせればいいというマインドではないかと考えるからです。海外から帰国した企業人が、例外はあっても日本の若者は全体的に覇気がないと口を揃えるのもその表れですし、キャンパスを見渡しても海外からの留学生の積極性が目立ちます。

教育の質を高めなければならない

内向き志向の学生にチャレンジ精神を持ってもらうためには、まず熱意あふれる教育が必要です。学生が自ら積極的に学びたいと思えるように仕向け、そして芽生えた学生の意欲に積極的に応えることから始めるしかないと私は考えています。グローバル人材、グローバルリーダーの育成が大学に問うものは、奇しくも大学の根幹ともいえる教育の質の向上、さらにいえば教員の意識改革に他ならないのです。

日本の大学教員の中には、特に理工系の分野では、教育よりも研究に軸足を置いている教員が多いと感じます。一方、欧米の大学では、教員は教育を第一に考え、その中で研究時間の確保を工夫するのが普通です。

また学生の意識も違います。理由はいくつかありますが、一つは自分で働いて授業料を払っている学生が多いことです。私は大学院博士課程をアメリカで過ごし、アメリカの学生もよく見てきましたが、みな授業中はできるだけ多くのことを吸収しようとします。親に学費を出してもらっている学生も同じです。居眠りしないどころか、自分が理解できないと先生の教え方が悪いと文句を言いに行く学生も多い。教員が学生にハードワークを課した場合にも違いは表われます。アメリカの学生はそれに応えてよく勉強しますが、日本では厳しくない先生もいるため、学生は単位が簡単にもらえる授業へ流れやすい。私はかねがね、日本の学生にもわからないことはわかるまで教えてもらおうという姿勢を持ってほしいし、期末試験の間は夜も寝ずに勉強して、終わった後の充実感を味わってもらいたいと思ってきました。それで、はじめて、世界標準、グローバル時代に通用する大学、大学生活といえるのではないかと。われわれ教員も、授業を面白くするために小手先の工夫をするのではなく、学生のやる気を刺激することに全力を傾けるべきですし、何よりも大学全体がそういう教育に徹しなければならないと思います。

日本は特殊、を超えて

東京工業大学の写真

日本の学生が、アメリカの学生ほど学ぶことに貪欲でないもう一つの理由に、日本では難関大学に入るための受験勉強が、昔も今も厳し過ぎるというものがあります。しかし、アメリカでも、人気のある大学へ入るにはしかるべき高校でいい成績を修め、なおかつ志望理由をしっかり書いて面接も受けなければいけませんから、それほど簡単ではありません。ですから私は、日本の学生だけが、受験勉強の疲れを癒すために大学へ入ってから少し息抜きをしてもいいということにはならないと思っています。そもそも「日本の学生は受験勉強で疲れ果てている」と言われること自体が疑問です。高校での勉強の目的が大学へ入ることになっていて、大学へ入った途端、何をしていいかがわからなくなる。これが日本の学生が学ぶことに貪欲でない本当の理由ではないでしょうか。ですから、なおのこと、大学は入学してきた学生が目的を見失わず、しっかり勉強するような仕組みを構築しなければならないのです。大学とは高校と違って答のない問題に取り組むところというのなら、世の中でまだわかっていないような問題をわかりやすく提起し、学生の興味を引き出すような授業を用意するのもその一つでしょう。私は今の学生は、目的がしっかり理解できれば、必ず勉強してくれると思っています。

また、アメリカと日本の学生の学ぶ姿勢の違いは、大学の教育システムの違いにも関係するでしょう。アメリカでは、たとえいい大学へ入れても、しっかり勉強しないと落第や退学(キックアウト)が待っています。日本では総じて、成績評価や進級認定も緩い。日本でも学生にハードワークを課して、ついて来られなければ留年させるなり、キックアウトするなりすれば、学生の意識もずいぶん変わってくると思います。ただ、現在の日本の社会では、キックアウトされた学生が新しい人生に再チャレンジするための受け皿がありませんので、留年する学生を大量に出すと、社会に与える影響も無視できません。キックアウトされたことがいつまでもついて回るような社会の風潮もネックです。

ここまで、アメリカの大学のいい面をやや強調し過ぎたかもしれませんが、一番伝えたかったのは、勉強は大学に入れば終わりどころか、入ってからの方が大事であるという当たり前のことです。国は今、大学のミッションの再定義や教育の質的転換を図るべく、高校と大学の接続、さらにはその結節点である大学入試についても改革のための議論を始めています。これは日本の大学改革、大学のグローバル化のための千載一遇のチャンスではないでしょうか。 《世界最高の理工系大学》を目指す以上、東京工業大学としても、今後は教える内容だけでなく、どう教え、どのように学生のやる気を惹きだすかについても真剣に取り組んでいかなければなりません。教員と学生双方のやる気の相乗効果で正のスパイラルが生まれ、全ての学生の目が輝き、教員も学生の教育でとても忙しいという雰囲気をいち早く作り上げたいものです。

高校生へのメッセージ

目標を持とう

私が米国に留学していた時に、学位を取ってから白バイに乗っている人に知り合いました。彼にとってはそれが子どもの頃からの夢だったそうです。アメリカ人には、目の前の目標をまずクリアしてそれからまた次の目標を目指すというように、何事もステップバイステップで考えるところがあります。もちろん人の目も気にしません。翻って日本の学生は、人と同じであることを望んで親や先生の言うことはよく聞きますが、将来の姿を想い描いて、それに向かって努力しようという意識はやや薄いようです。そこでもし、みなさんが勉強で目標を見つけられないのなら、私はスポーツに打ち込んでみるのも一つの方法ではないかと思っています。辛くても一旦立てた目標に向けて努力を続ける経験は、勉強や仕事の場面でも必ず生きてくるからです。

人には得意な分野、不得意な分野があって当然ですが、大事なのは現在の能力では届かないところを目指す「気概」です。受験生なら、現在の自分の力に合わせて志望校を選ぶのではなく、少しでも高いところを目指してほしい。日本には多様な大学があり、それぞれに教育、研究についての独自の理念があります。その中で、みなさんの向上心を満足させてくれる大学こそが、一人ひとりの受験生にとってのいい大学なのです。

入試について、高校時代にしてきてほしいこと

大学入試全般について言えば、私も個人的には多くの先生方同様、現在の小数点以下で競うようなペーパーテストによる選抜よりも、アメリカ型の選考の方がいいと思っています。大切な高校時代に、いわゆる○×方式の受験勉強に明け暮れることはないという意味からです。ただ本学のように特徴のある大学では、教員の間に物理、数学の能力がトップクラスの学生に入学してほしいという意識が根強く、簡単に今のペーパーテストを止めることは難しい現状です。また出題する立場としても、東工大の入試問題は難しいけれど、選択式とは違って十分に受験生の考える力も試せているという自負もあります。ここは本学を目指す受験生にはよく理解しておいてほしい点です。

もちろん現行の入試に全く問題がないわけではありません。今は理系の研究者や技術者にも、これまで以上に文系的知識や素養、いわばリベラルアーツ教育によって養われた人間力が求められる時代です。そこでわれわれにとっても、受験生に英語以外の文系の素養をどこまで求めるのかは、一つの課題であることはいうまでもありません。現在のように、センター試験だけに依存していていいのかという考えもあるでしょう。一方には、入学時にはそれらがしっかり身についていなくても、入学後の教育で間に合うとする考え方もあります。東京工業大学の特徴の一つは、自分たちが生み出したものが広く世の中で使われるといったように、大学の学問・研究が社会や産業としっかり結びついている点にあります。東工大の卒業生で製造業の社長や、技術系のトップになっている人も多く、理工系の総合大学としては日本一で、機械、電子、材料、物理をはじめ、研究の第一線で活躍する先生方も揃っていますし、レベルの高さは長い歴史が証明してくれています。力のあるエンジニアとして社会へ出て行きたいという人にとっては、最難関の総合大学の工学部よりも値打ちがあるかもしれません。また、社会科学や人文科学の分野にもマスコミ等で知られる個性豊かな先生方がおられます。《理工系を目指すなら、東工大がベストチョイスです》のホームページのキャッチコピーではありませんが、理工系に興味のある高校生は、しっかりと数学、物理の腕を磨いて東京工業大学を目指してほしいと思います。

高校生へのお薦め

三島学長が、ご自身への反省もこめて薦められるのが読書。文系の素養を身に付けるのにこれほど効果のあるものはない、と。ジャンルを問わず読むことで知識や教養が増え、自分の知らない世界を追体験することで豊かな世界観や人間観、さらにいえば人生観を養うこともできる。言葉にも敏感になれるし、論理的思考力のトレーニングにもなるとのことだ。もう一つは受験生には少し酷かもしれないが、最近よく言われるところの《使える英語》のトレーニング。このような時代だからこそ、時間の許す限り頑張ってほしいと。

東京工業大学の改革

入試改革よりも、学部と大学院の教育改革を最重要課題と考えています。秋入学については、海外へ出て行く学生と海外からの学生が増えれば別ですが、3月から9月までのいわゆるギャップタームの扱い方がはっきりしなければ取り入れるのは難しいと思います。あくまでも教育の質の向上が先で、それにある程度目途が見えてくれば高校との連携なども検討したいと思っています。

具体的には、入学時は1類から7類で受け入れて、1年後に学科へ振り分ける現在のシステムについて。教養教育、リベラルアーツ教育をどう組むのかあたりから議論を始めています。一層の少子化に備えて大学院の充実も大きなテーマです。拙速は避けたいですが、ゆっくり案を練ってからでは遅すぎます。これからの改革に期待してください。

Profile

東京工業大学 学長

三島 良直先生

1973年東京工業大学工学部卒業。75年同大学大学院理工学研究科修士課程修了。79年カリフォルニア大学バークレー校大学院博士課程修了。同大学バークレー校材料科学専攻アシスタントリサーチエンジニア、東京工業大学精密工学研究所助教授、同教授、同大学大学院総合理工学研究科長(兼務)、同大学フロンティア研究機構長(兼務)、理事・副学長(教育・国際担当)などを経て、昨年より現職。武蔵高等学校出身。

※この記事は、大学ジャーナル2013年5・6月号(Vol.104)に掲載された当時のものです。