トップが語る、「大学」と高校生へのメッセージ

神戸大学学長 福田秀樹先生「あえて険しい道から登ってみよう」

福田秀樹先生の写真

京都、大阪、神戸、100キロにも満たない直線上に、三つの国立総合大学が並ぶ関西圏。

その一翼を担う神戸大学で、今春、学長になられたのは、15年前に民間企業の研究所から教授として移籍してこられた福田秀樹先生。

有力大学では珍しい、民間経験の豊富な学長の誕生です。

民間で培われた幅広い視野とマネジメント力に期待が集まる福田学長に、企業と大学、両方を見てこられた経験を踏まえて、大学で学ぶべきこと、高校までに身につけておきたいことをお話いただきました。

企業と大学の研究の違いとは

研究の現場を企業と大学の双方で見てきた立場からいうと、企業と大学の研究とでは、目標や成果に対する意識が違います。企業は利潤を生まなければならない集団ですから、事業化を第一と考え、はっきりとした戦略のもとに研究を位置づけます。一方、大学は収支はあまり考えず、教育の充実、人材養成や国際的な貢献に主眼をおきます。最近はこれに、目に見える形での社会貢献を果たすことを加えることが多くなりました。

こういう視点から神戸大学の使命について考えると、まず一つ目は、応用研究の土台としていつの時代にも不可欠な基礎研究、それも世界最高水準の基礎研究の場を作ることです。もちろん応用研究や社会貢献も大事ですが、基礎研究のレベルが高くなければ大きな成果は望めないからです。

神戸大学の写真
六甲台キャンパスからポートアイランドをのぞむ

二つ目は、本学の位置づけ、規模、歴史などを勘案して、特色ある分野に英知を結集することです。この観点から立ち上げたのが、世界に貢献できるような大学全体のプロジェクト、「フラッグシッププロジェクト」です。これは、現代社会が早急に解決すべきテーマを掲げ、その下に様々な分野の研究者が集い、分野横断的な研究を進めていこうというものです。神戸大学が持てる力を存分に発揮するためには、どのテーマにも等しく力を振り分けるよりも、テーマを絞って力を結集する方が効果的だと考えたのです。たとえば、環境に安全・安心の考えを加えたトータルなプロジェクトがあります。本学の自然科学系の分野ではバイオテクノロジー、太陽電池、スーパーコンピューターなど、各分野で環境問題を解決できる人材が豊富ですが、このプロジェクトには経済、経営などの社会科学系の分野からも専門グループに加わってもらいます。地球温暖化抑止のための税負担、二酸化炭素排出権取引の実効性などを検討してもらうためです。また、医学、生命系からは、介護や治療技術に優れた技術を持つだけではなく、人々の健康の維持増進から大気や土壌の汚染、食品の安全チェックなど、安心、安全に貢献できる人材にもたくさん加わってもらっています。さらに、人文科学、教育分野からは、人間の本質とは何かについて深く考察している研究者に、プロジェクト全体のコンセプト作りなどで協力してもらいました。一つのアウトプットを目標として掲げ、学内の力をすべて結集し、神戸大学として社会への貢献も果たしていこうと考えてもいるのです。

大学では、一にも二にも行動力を身につけてほしい

大学では、最低限の基礎知識は身につけなければいけませんが、社会へ出て活躍し、なおかつ貢献するには、それに加えて自主性、創造性、そして何よりも行動力を身につけてもらうことが必要です。

私がこれまで見てきた限り、知識だけが豊富な研究者の中には、論文に書いてあることを鵜呑(うの)みにして、行動しないタイプの方が多い。これを私は「文献研究者」と呼んでいます。反対に知識が豊富でない人は何でもやってみようとしますから、新しいことを発見する可能性を持っている。確かに知識はたくさん身につけるに越したことはありませんが、それをどう使うかを考えられるようにしなければいけません。あるいは、それらをどう疑うかが大事といったほうがいいかもしれません。論文で明らかにされたことには、限られた条件下でしか起こり得ないものもあり、自然界ではそれ以外にも実に様々な現象が起こっているのです。研究者がいくら知ったかぶりをしていても、それはほとんど何も知らないことに等しい。だから論文だけを信じて何も行動を起こさない姿勢は勧められないのです。大事なことは、新しいこと、これまでの成果や知見とは違うことを自分で考えて試してみることです。その際、知識があればなお良いのですが、それに制約を受けているようでは決して大成しません。

私の教え子の中には、学部時代に留年していたにもかかわらず、一般的にドクターといわれる大学院の後期課程まで進み、その後は企業で大活躍しているような者もいます。彼は知識が十分あるタイプとはいえませんでしたが、実験に打ち込むことで研究が面白くなってきたのか、とうとうドクターまで進学してしまいました。また、大学卒業の1ヶ月前になっても実験がなかなかうまくいかなかった学生の研究が、10年後の今になって事業化されるということもあります。企業での経験からいうと、手を動かしている研究者には知識が豊富でないタイプが多い。しかし、成功するのはほとんどこのタイプです。これを大学運営の立場からいえば、やはり大学にはマンツーマンで伸ばすという基本姿勢が欠かせないということにもなると思います。学生の成績が悪いのは、ただ勉強していないだけかもしれないからです。

分野によっては早くから専門性を

福田秀樹先生の写真
理科離れの実態はわからないが、われわれの頃からでも、金融界などは高給で、自然科学へ進むと仕事は泥臭くて報酬も少ないというイメージがなんとなくあった。そして、金融バブルなどが発生するたびにそのことが露呈する。やはりどう考えても、理系のリターンが少ないことが何よりもこの問題の根底にあるのではないか。しかし理系のノーベル賞受賞者などが出るとそれが変わってきますので、理系は楽しい。しかも社会から評価されているというような、何かしらのプロパガンダも必要だと思う。

最近の学生は基礎学力が低下しているのではないかということがよく議論されていますが、この問題は、それほど単純に論じられるものではないと思います。今の時代、たとえば高校時代に必要な学問ということをとっても、われわれの時代とはずいぶん違ってきています。各種の調査結果をみると、確かに一部の伝統的な科目、たとえば国語や数学などでは力が落ちているかもしれませんが、今、求められているのは国語や数学のように中身が昔とそれほど変わらない教科だけではありません。学問分野が広がり、しかもコンピューター、英会話など、かつてはなかったもの、それほど重視されなかったものまでが求められるようになっています。情報化社会やグローバル化社会の進展で、伝統的な科目の重要度が薄まってきていることも否めません。すべての分野の基礎となる力が大切であるということも否定はしませんが、どういう人材を育てるかが、あまりにも一般論になりすぎた現状はとても問題だと感じます。

たとえば、われわれ自然科学系の研究に携わる者からすれば、早くからそういう方向に興味のある生徒には、数学、物理、化学、生物などが多く学べて、将来の専門に生かせる力を高校時代から強化する、あるいは早いうちから興味が持てるような科目設定にすることも必要だと思います。

われわれの高校時代は科目設定も明確でしたから、わりあい自分たちの興味がどこにあるのかを自覚しやすかったと思います。現在は、大学でも専門科目の単位数が減少し、専門の勉強がゆるくなっている気がしてなりません。私が見聞きする限りでは、韓国やアメリカの大学では、授業のための準備に始まり、単位取得、進級のための条件に至るまでものすごくシビアです。日本ももっと勉強できる環境を整える、ただ知識を頭の中に詰め込むという意味ではなく、自分で考え、手足を動かしてみるといった行動力を高める勉強も含めて、学習内容をもっと強化していく必要があるのではないか。少なくとも理系、大学で自然科学系の分野に進もうと考えている生徒についていえば、学ぶ目的をはっきりさせて勉強ができるようなカリキュラムにしたほうが良いと私は思います。高校生の側に立っていえば、もし学校でそういうチャンスに恵まれなければ、関連するような本を読むなど、自ら進んで裾野(すその)を広げる努力を惜しまないことです。

パソコンで調べるだけで終わっていませんか?

最近は創造的で発想の柔軟な人が少なくなっているような気がします。これはパソコン、携帯から誰もが同じように、しかも努力しないで簡単に情報が得られるからだと思います。私が一番危惧(きぐ)するのは、そのことで情報の貴重さがわかりにくくなっていることです。誰もが知っている情報を基に論文を書いても差が出ないのは当たり前です。やはり情報は自分の目と耳と、足で得てこそ値打ちがある、だから自ら進んで情報を取りにいくような能動的な姿勢は高校生のうちから身につけておく必要があります。そういう姿勢、努力が、創造性、自分で考える、知識がなくてもやってみようというような積極的な行動力につながってくるのです。

ちなみにわが家でも、娘の方が私よりも持っている情報は多いかもしれません。何かを聞くとすぐにパソコンで調べて持ってきます。確かにこちらも驚くほどたくさんの情報を集めてくる。しかしそれが正しいかどうかの検証はどうもしていないようです。総じて今の生徒や学生は、何でも安易に答えが得られるようになっているわりには、全員が同じ情報を持っているということに対して、あまり疑問や問題意識を持っていない。しかしよく考えてください、勉強や学問というものは、そもそも疑問や問題意識を持つところから始まるものではなかったのでしょうか。そして自分で苦労して考えるというトレーニングを通じて本物に近づいていけるわけです。

かつて尊敬する上司に、「山に登るのにいくつもルートがあったとしたら、一番難しいルートを登れ。」と言われたことがあります。安易なルートからは誰でも登れるし、答えも簡単で、成果もそれほど期待できないのだと。これは今でも、私の座右の銘になっています。確かにこの姿勢を貫こうと思えば、他のやり方より時間がかかることは覚悟しておかなければなりません。しかし、得られる成果はその何倍も大きいのです。

これまで私は、こういう考えから、自分の学生にも、できるかどうかはあまり問題にせずに極力難しいテーマを与えてきました。先に紹介した二人の学生に対しても例外ではありません。テーマが難しすぎるのだから、できなくても当たり前、しかし途中まで努力して登ってみるだけでも新しい発見はあるのです。

豊かな日本であり続けるために

最近は、高校時代に理系と文系に分けることを問題視するような風潮もあります。大学へ入った後も、学部の四年間では専門に加えて幅広い勉強をすべきだといわれるようにもなりました。確かにこうした考え方が生まれてきた背景はよく理解できますが、先ほどもいったように、私はこういう考え方をすべての人に当てはめるのはどうかと思います。すべての人を一つのプログラムに合わせるのではなく、ある分野に秀でた人、可能性を秘めた人にはそのようなプログラムを与え、次の段階への選抜もそれなりの方法で行ったほうが良いと考えるからです。

私は企業に身を置いてきた期間、日本がいかに厳しい国際競争に晒(さら)されているかを実感してきました。日本の将来を考えれば、やはりもっと専門のレベルは上げるべきです。かつては各種の学力調査で日本はトップだったではありませんか。どんなに時代が変わろうと、資源が乏しい日本は、世界トップの頭脳、知恵を持っていないと厳しい国際競争社会を生き抜いていけないのです。それなくして一体何が日本の経済力、豊かさを支えていけるのでしょうか。

教育を提供する側からすれば、基礎、専門、そして特殊な分野というものをもっと明確に区分する必要がある。そしてそれぞれをどう伸ばしていくかについて明確な方針を打ち立てることが、今ほど求められていることはないと感じています。私は基本的には日本人の知力というものを信じています。これから大学を目指して学んで行く皆さんたちには、自分が興味の持てる分野をできれば早めに発見し、そのために必要なことを積極的に学んでほしいと思います。繰り返しになりますが、理系分野ではとくにそうです。大学受験よりも高度なことであっても遠慮はいりません。世界を見渡せば、もっと高度なことを学んでいる高校生はたくさんいるはずです。もちろん、将来は専門家ではなくゼネラリストとして活躍しようと思っている人、あるいは本当に打ち込みたいことは大学に入ってから見つけようと考えている人も少なくないかもしれません。それならそれで、すべての教科をまんべんなく学び、しかもグローバル化時代ですから、外国語の力やコミュニケーション能力を高めるといったように、今できることをしっかり積み上げておくべきでしょう。そういう一人ひとりの努力の積み重ねが、今後も豊かな日本を支えていけるのだと思います。

エピソードJ

Jはフランス語で青春を表すjeunesseの頭文字。お話をお聞きする先生方に、読者のみなさんの時代を振り返っていただいています。

高校時代に美しい答えの出る数学に魅了された福田先生。一浪中に予備校で熱心な化学の先生と出会い、化学の虜(とりこ)に。しかしせっかく入学した京都大学では、大学紛争の最盛期。工学部化学工学科での2年間は、実験どころか学内に立ち入ることさえできなかった。

「さらば大学」とばかり卒業後は、大手化学メーカーへ。しかしここでも運命は化学研究から福田先生を遠ざける。思いもかけないバイオ分野の開拓だった。現在こそ、生物学と化学はその境目も見分けにくいような時代だが、当時はバイオテクノロジーといえども創成期。まだ教科書さえもない。それに福田先生は、結果が1つとは限らない生物学はあまり好きではなった。

しかしここで腐ったり、諦めなかったりしないのがチャレンジ精神旺盛な福田先生。新分野に飛び込み、死に物狂いで勉強した先生は、後年、バイオだけを研究していたら考えつかないような「高密度培養法」という、世界でもめずらしいイースト菌の製造方法を編み出した。不慣れで険しい道を辿(たど)りながら、先生はとうとう最初からやりたかった化学分野でも大きな成果を上げ、生物化学工学という新しい領域を切り拓(ひら)くことになった。

歴史的建造物が最新の設備で生まれ変わる六甲台講堂

六甲台講堂の写真

1935(昭和10)年に建てられ、2003年には国の有形文化財にも登録された六甲台講堂。ロマネスク様式を基調としながら、正面の軒には背の高いアーチが連なり、美しく、歴史を感じさせる外観になっている。また、国際貿易都市・神戸を象徴する海や船をイメージしたデザインが随所にみられるなど、いまなお斬新(ざんしん)さは失われていない(写真左)。構内の舞台を囲むようにして描かれている中山正實(1898~1979)による壁画三部作も、東京大学安田講堂壁画などと並び称されるものだ(写真右)。

六甲台講堂の写真
写真左 正面玄関の扉には船の舵輪が装飾されている
写真右 中山正實による壁画

大学のシンボルとして、多くの神戸大学生たちを見つめてきたものの、近年は老朽化により使用が制限され、2008年にスタートした「神戸大学基金」の一事業としてその「再生」が決定した。出光興産の創業者の出光佐三氏が神戸大学の前身神戸高等商業学校の卒業生であったことから、創業100周年(2011年)記念事業の一環としての支援も得て、去る10月31日に修復作業を終えてお披露目された。新しくなった講堂は、「出光佐三記念六甲台講堂」として、外観は竣工(しゅんこう)当時を限りなく再現しながらも、最新の空調、音響、映像設備を導入し、同時通訳ができる設備を整えるなど、さまざまな機能を持つ国際文化ホールとして新しい歴史を歩み始めた。

Profile

神戸大学 学長

福田 秀樹先生

1947年生まれ。70年京都大学工学部卒業後、鐘淵化学工業株式会社(現株式会社カネカ)入社。設計室、生産技術研究所主任、同企画担当課長兼主席研究員、総合研究所研究企画部長兼生産技術研究所主席研究員などを経て、94年神戸大学工学部教授、同大大学院自然科学研究科教授。同研究科長、同大自然科学系先端融合研究環長などを経て、2009年4月より現職。専門は生物化学工学。

※この記事は、大学ジャーナル2009年12月号(Vol.85)に掲載された当時のものです。