トップが語る、「大学」と高校生へのメッセージ

東京理科大学学長 藤嶋昭先生「科学・技術で社会に貢献するために-感動する心と強固な基礎がそれを支える」

藤嶋昭先生の写真

明治14年(1881年)に設立された 東京物理学講習所に起源をもつ東京理科大学。2年後には東京物理学校と名を改める同講習所は、文豪夏目漱石の初期作品『坊っちゃん』の主人公の出身校としても知られています。

以後、建学の理念である『理学の普及』の下に、戦前は数少ない私立の理系大学として、戦後は私立としては最大規模の理系総合大学として、一貫して私学における科学教育のパイオニアとしての道を歩んできました。

教育・研究においては『実力主義』を貫き、この間、数多くの研究者・技術者と中学、高校の学校現場に多くの理科、数学教員を輩出してきました。
2010年から学長を務める藤嶋昭先生は、光触媒※1の発見者として世界に名を知られ、何人ものノーベル賞受賞者を輩出した日本の化学界にあっても、常にその頂点に立たれてきたお一人です。

今なお研究に深く関わられる一方、寸暇を惜しんで出前授業に出向かれるなど、後進の育成と日本の科学教育の振興にも余念のない藤嶋先生に、今温められているアイデアや東京理科大学のこれから、高校生へのメッセージなどをお聞きしました。

日本の優れた科学・技術で世界に貢献しよう

光触媒※1の陰に隠れて、あまり知られていませんが、私は人工ダイヤモンドの研究でも世界の先端を走っています。現在力を入れているのは黒いダイヤモンドで、これも酸化チタン同様非常におもしろい材料です。黒いダイヤモンドを電極にして水の中で電気分解すると、酸素以上に強い殺菌力のあるオゾンが簡単に発生します。

東京理科大学の写真

この技術をどのように社会に役立てようかと考えている時にひらめいたのが、アフリカでのマラリア撲滅です。マラリアは年間100万人が罹患する恐ろしい伝染病で、患者の多くはアフリカに集中し、しかもそのほとんどが子どもです。ある統計によれば、アフリカでは現在、30秒に一人の割合で子どもがマラリアによって命を落としているとされます。

マラリアはハマダラカによって媒介されますが、そのボウフラは気温の高い地域では雨が降った後にできた水溜りにいくらでもわきます。そこでこの黒ダイヤを電極にして水溜りに入れオゾンを発生させれば、ボウフラを撲滅することができます。使うのは小さな板状ダイヤとカーボン電極、それに電圧を加えるための電気で、これも太陽電池を使えば、環境にも一切悪影響を及ぼしません。もちろん黒ダイヤといっても人工のものですが、非常に小さいものですから、大量に作ればコストも安く抑えられます。

この方法でもう一つ考えられるのが、中国の大小さまざまの湖沼で蔓延しているアオコ対策です。中国政府もこれに頭を悩ませていますが、低コストでしかも安全な除去方法は今のところ見当たらないようです。しかしアオコは植物性のプランクトンが異常繁殖したものですから、黒ダイヤを入れ、オゾンで湖沼全体を殺菌すれば有害物質を使うことなく、しかも低コストで消滅させられます。昔のような美しさを取り戻した湖沼は、飲料水や農業用の水源ともなり、漁業も復活しますから、水資源問題・食糧問題にも大きく貢献できると思います。

光触媒を使った建物外壁の写真

※1 藤嶋先生が、東京大学の大学院修士課程1年の時に発見した、水の光分解、つまり酸化チタンを電極にして水に入れ、光を当てると酸素が出るという化学反応は、世界でもっとも権威のある科学論文誌『ネイチャー』に掲載されるや瞬く間に世界の注目を集めた。折からの第一次オイルショックを背景に、当初は反対に設けた白金電極から水素が発生することに注目が集まったが、現在では、光照射された酸化チタンによる強い酸化、殺菌作用を利用した光触媒で応用が進んでいる。
応用技術としては、これまで100万台以上も売れている空気清浄機をはじめ、建物の外壁(写真左)、高速道路内の照明器具、トイレや手術室のタイルや壁などがよく知られている。光触媒を使った建物外壁は、太陽の光が当たり雨が降るだけで汚れを除去できる(セルフクリーン機能)だけでなく、NOxも分解することからヨーロッパなどでは省エネだけでなく、環境浄化の面からも高く評価されている。また、光触媒には水滴を作らせない親水性という特性もあり、酸化チタンで表面を加工したガラスは湿気でも曇らないため、自動車のサイドミラーなどにも幅広く使われている。

科学・技術で日本を元気にしよう

私の発見した光触媒は、この20年間にさまざまな応用を生み、現在では身のまわりの製品や建築物などに、ごく当たり前のように使われています※1。その社会に対する波及効果や経済効果に対して、国の内外から高い評価をもらっていますが、それで満足できないのが私の性分です。何しろこの世の中には解らないことがまだまだいくらでもあって、それが私の研究者魂を揺さ振るのです。年齢や立場は関係ありません。何でも知ってやろうと、何事にも興味や関心があれば、研究テーマには事欠きませんし、それらの成果を社会に役立てる方法もいくらでも思いつきます。

確かに、多額の借金を背負い、経済状況もなかなか好転しない現在のわが国に対して、多くの人が閉塞感を持っていることは認めざるをえません。大学生の就職内定率が、記録を取り始めるようになってから最低になるなど、雇用面での厳しさもあります。さらにこれまで日本経済をリードしてきた科学・技術においても、中国や韓国の激しい追い上げを受け、しかもそれを支える人材養成についても、各方面から懸念が持たれているのも確かです。

脱臭・消臭と殺菌機能を持った小さな装置の写真

しかし、われわれのように、これまで自分でさまざまなものを創り出してきた人間からすると、日本を元気にするためにやるべきこと、できることはいくらでもあるのにと思えてなりません。たとえば、今私の一番のお気に入りは、冷蔵庫の中へ入れる脱臭・消臭と殺菌機能を持った小さな装置です(左写真)。手のひらに乗るぐらいの大きさですが、中には酸化チタンをつけたフィルターと紫外線を発生させる光源が組み込まれています。紫外線が酸化チタンに働いて強い酸化力を発生させ、臭いの素になる物質や細菌を除去します。長年一緒にやってきたベンチャー企業家の森戸祐幸※2さんと一緒に手掛けているもので、これを世界中の冷蔵庫に入れようと二人で大きな夢を描いています。これはほんの小さな例ですが、このようにすでに開発してきた技術でも、アイデア一つで大きなビジネスに発展させられる可能性のあるものは少なくないと思います。また、これまでの日本の科学・技術の積み重ねからすれば、イノベーションや社会変革を起こすような発明・発見が生まれてくる余地は、まだまだあると思います。

逆にいえば、そこにわれわれ研究者、技術者の醍醐味があるわけですし、みなさんが理工系の大学へ進むことの社会的な意味があるのです。

※2 1940年~、株式会社ユーヴィックス 代表取締役社長、株式会社モリテックス 元社長、東京理科大学OBで、東京理科大学に森戸記念館・森戸体育館を寄贈している。

これからの東京理科大

今やグローバル化は、日本の大学においても避けて通れない課題です。科学技術においても、市場や貢献すべき舞台は、世界に広がっています。

こうした状況の中であらためて本学を振り返ると、留学生が学部、大学院合わせて150人しかいないのは問題です。私としては、数年のうちに500人程度にする必要があると思っています。もちろんいきなり増やすことはできませんから、まずは、大学院を中心に主に東アジアの大学と若手研究者や院生の交流、交換を進め、学生交流のためのネットワークを少しずつ構築し始めています。

東京理科大学の写真

今後の理科大を考える上で大きなエポックになるのが、2013年の葛飾新キャンパスの開設です。葛飾区の公園整備事業と歩調を合わせた学園パーク型キャンパスで、野田キャンパスからは基礎工学部、神楽坂キャンパスからは理学部第一部の一部と工学部第一部、第二部のそれぞれ一部が移転します。キャンパスの再編整備だけではなく、学際的研究や産学官連携のための新しい研究拠点作りも狙いです。また神楽坂キャンパス同様、地元の中学校、高等学校などとも連携を深めるなど、地域貢献にも力を入れていくつもりです。

私が今、本学のもう一つの課題としているのが、≪まじめ≫で≪おとなしい≫学生たちを、もっと元気にさせる方法です。これまでは理系の大学ということで、あまり活発ではなかった運動部の充実もその一つです。今、目立っているといえるのは、ソフトボール部と舞踏研究部ぐらいでしょうか。そこでいっそのこと箱根駅伝へでも、と考えましたが、これは諸般の事情で諦めました。それに代わって今は、女子駅伝にエントリーすることも考えています。

高校生へのメッセージ
「雑草という名の草はない」―― 勉強は面白い

学長になってから、私は全8学部で新入生の最初の授業を担当することにしています。勉強というのがいかに面白いものか、そのためには身の回りのものに興味を持ち、たくさん感動を味わうことが大切であることを、大学生になって気持ちが新鮮なうちに聞いてほしいからです。

自分の研究者人生を振り返った時、原点にあるのは、大学院1年の時に、酸化チタンが太陽の光で酸素を発生させるのを発見した時の感動です。今この目の前の実験装置の中で、植物が太陽の光で、水から酸素を発生させるのと同じことが起こっていると、あの時は目を疑ったものです。

おそらく誰にとっても、それこそ小さな子どもから大人まで、何事につけ、感動こそが次のステップへの原動力であり、それは勉強や研究においても例外ではないと思います。

感動を味わうためには、日頃、身の回りの自然や物事に興味や関心を持ち、常に何事にも疑問を抱くことです。なぜTVは映るのかなどといった本当に取るに足らないような疑問でもかまいません。私の場合は小さい時から身の回りの自然に興味がありましたから、校庭や公園で見かける目立たない草たちにも、それぞれ名前があるのを知ってとても感動したことを憶えています。日本を代表する植物学者である牧野富太郎博士の言葉にあるように、「雑草という名の草はない」のです。

このような態度は感動を呼び覚ますチャンスを広げると同時に「ひらめき」を生む土壌にもなります。それは科学的態度を育み、文系、理系に関わらず、研究者に欠かせないセンスを養うもとになるものです。

基礎を徹底的に身につけよう

ギザの大ピラミッドの写真

もう一つ、私が新入生に語るのは基礎の大切さです。本学には設立以来、「実力主義」というモットーがあります。これは真に実力を身につけた人材を社会に輩出するという理念を語ったものです。学生の立場からすると、入るのはやさしいけれど、進級、卒業するのはむずかしい大学という意味です。実際、創立当初の記録には、入学者1000人のうち、卒業できたのは30人などという恐るべき記録も残っています。しかしこのことは、基礎を徹底的に固めて、その土台の上に専門性を身につければ、将来必ず優れた研究者、技術者になれるということも意味します。

この伝統は現代にも受け継がれていて、1年生には、≪関門科目≫と呼ばれる科目が置かれ、これに通らないと進級できないことになっています。また4年生で研究室へ配属される際にも、かなり厳しい選考があります。大学院へ6割程度の学生が進み、6年一貫が実体化してきた今では、学部での基礎習得にはこれまで以上に重きが置かなければならないと思います。

翻って、高校生にとっての基礎とは何でしょうか。一つはいうまでもなくそれぞれの教科の中で、高校卒業までに身につけなければならないとされるものです。と同時に、目指す大学が理系だから、文系だからと、あまり教科を絞り込まずに、できるだけ幅広く学ぶことも意味します。

フランスの著名な小説家ロマン・ロラン(Romain Rolland)の言葉に、「ピラミッドも上からは造れない」という言葉があります。今から4600年前、古代エジプトのクフ王が造ったギザの大ピラミッド(右上写真)は、2.5トンの長方形の石を260万個も積み上げたものとして知られています。しかし驚くべきはその大きさや石の数ではなく、ギザのピラミッドよりも500年や1000後に造られたピラミッドの多くが、崩れて原型を留めていないのに対し、この大ピラミッドは現在もなおその威容を保っていることです。その原因は、何といっても260万個の石の揃え方、積み上げ方にあると専門家は分析しています。石と石との間隔、上下、縦横の方向など、基礎の積み上げ方がきちんとしているからこそ、4600年の風雪に耐えることができたのです。

基礎の幅を広げるには読書もきわめて有効です。私もこれまで、研究の合間にさまざまな本を読むことで、専門以外の知識を広めてきました。また間接的にではありますが、多くの感動を味わえるのも読書の大きな効用です。

グローバル化の時代ですから、英語の力も基礎として欠かせません。大学へ入れば海外の論文に目を通すようにもなりますし、大学院では英語で発表したり、論文を書きます。また学生時代に一度は海外へ出て行ってほしいと思いますから、それに備える意味でも英語の訓練は不可欠だと思います。

東京理科大の学生はみなたいへん真面目で、じつによく学びます。大学とは一生懸命勉強するところだ、という雰囲気も学内には満ち溢れています。私は雰囲気というのは人材が育つ上ではとても大事で、ルネッサンスにしろ、日本の戦国時代や幕末にしろ、あのように突出した人物たちが一度に輩出したのも、時代や土地の雰囲気によるものだったのではないかと考えてしまうぐらいです。これは大学も同じで、私は常々、大学の使命とは入ってきた学生が十分に学び、研究に専念するのに最適な場を用意することだと言っています。この点、私は今の本学に何一つ不満はありませんが、強いて言うと、学生にもう少し元気があってもいいと思っています。本学を目指される高校生には、部活にも積極的に参加するなど、高校時代を明るく活発に過ごし、その雰囲気をぜひ本学へ持ち込んできてほしいと思います。

エピソードJ

Jはフランス語で青春を表すjeunesseの頭文字。お話をお聞きする先生方に、読者のみなさんの時代を振り返っていただいています。

学生時代の忘れられない思い出が、夏休みの合宿旅行です。旅費を稼ぎ、宿泊場所を確保しようと、旅行したい地域の学校へ手紙を書き、夏休みを利用した理科の特別授業を提案しました。今でいう、夏期の出前講義、特別理科実験といったところです。初年度は福井県が受け入れてくれて、いくつかの中学校で授業をして、夜は宿直室に泊めてもらいました。2年目は青森県で、津軽半島の最北端にある竜飛中学まで行ったのがいい思い出です。

私は今でも、幼稚園から高校まで、時間さえあれば大学の看板を背負って出前授業に出かけますが、理科を教える楽しさを知ったのはこの時です。もちろんこれは何も特別のことではなく、自分が夢中になっている研究を子どもたちに伝えたいと思うのは、ごく当たり前のことではないでしょうか。

満足度300%! 感動を生むキャンパス、長万部

長万部キャンパスの写真

春、入学式の行われる武道館の横には12台のバスが、新入生の出てくるのを待ち構えています。行く先は羽田空港。乗りこむのは基礎工学部の300人の新入生で、うち2台はその保護者です。羽田から飛び立つ先は北海道の新千歳空港。そこからさらに約2時間、バスに揺られると目的地である長万部に着きます。この日市内には、歓迎と書かれた幟や旗がいたるところで新入生を出迎え、寮の正面では町長自らが出迎えに立ちます。早速開かれる歓迎会では、町長はじめ地元の人たちからの温かい出迎えの言葉が次々に新入生に投げかけられます。

北海道で親元を離れ、これからの1年を過ごさなければならないと、内心は戦々恐々としていた新入生とその保護者もこれですっかり安心し、新しい生活を迎える心構えができるようです。

宿舎は4人部屋で、3学科の学生が混ざり合って寮生活を送ります。一年経てば人間的に大きく成長しますから、基礎工学部以外の学生や教員からは、長万部経験者は一味違うとまでよく言われます。また寮で培った人間関係は、2年以降、別の学科に分かれても途切れませんから、将来、学科横断型の研究に取り組む際にはおおいに生きてきます。

長万部の1年について感想を尋ねた最近の学生アンケートでは、大学側の予想に反して「満足度300%」と答えた学生も少なくありませんでした。キャンパス生活で様々な感動を味わったからこその素直な感想なのではないでしょうか。

Profile

東京理科大学 学長

藤嶋 昭先生

1942年、東京都生まれ。工学博士。専門は光触媒、機能材料。東京大学大学院博士課程修了。1975年、東京大学工学部講師。1976年~77年、テキサス大学オースチン校博士研究員。1978年、東京大学工学部助教授。1986年、同学部教授。1995年、東京大学大学院工学系研究科教授。2003年、神奈川科学技術アカデミー理事長。同年、東京大学名誉教授。2005年、東京大学特別栄誉教授。同年、日本学術会議会員。2006年、日本化学会会長。2010年から現職。
【主な受賞歴】1983年、朝日賞。2000年、日本化学会賞。2003年、The Gerischer Award(第1回)。2003年、紫綬褒章。2004年、日本国際賞、日本学士院賞。2006年、神奈川文化賞、恩賜発明賞。2010年、文化功労者、川崎市文化賞。2011年、The Luigi Galvani Medal

※この記事は、大学ジャーナル2011年5月号(Vol.92)に掲載された当時のものです。