トップが語る、「大学」と高校生へのメッセージ

一橋大学学長 山内進先生「スマートで強靭なグローバルリーダーのために」

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東京・武蔵野の面影を残す深い緑に蔽われたキャンパスと、それに溶け込むように佇む建物群は、しばしば≪日本の中のヨーロッパ≫と譬えられます。皇居の北側、神田一橋からこの地へ移転して80年。一橋大学の独自の学風とこのキャンパスの佇まいとは、決して無縁ではないように思われます。

戦前には神戸大学、大阪市立大学とともに≪三商大≫と呼ばれる商科大学時代がありましたが、戦後は、社会科学系総合大学となり、全国的に高い人気を誇っています。

スクールモットーは≪キャプテンズ・オブ・インダストリー(Captains of Industry)≫。グローバル時代におけるその新たな意味を探る山内学長に、高校生へのメッセージと一橋大学の目指すものについてお聞きしました。

自らの力を蓄えて、来るべき時代に備えよう

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悲観論を超えて

経済においても、人材養成においても日本の国際競争力は低下し、急激な少子高齢化によって、若年世代の将来に暗い影を落としているとされています。いわく、「少ない若者で、数の多いお年寄りの老後の生活と医療費を支えなければいけない」、「自分たちが支払った分に見合った社会保障の給付がとても受け取れそうにない」等々です。

しかし私は、現在大勢を占めているこのような悲観的な考え方、とくに世代間格差についてのものには疑問を抱いています。

確かに1990年後半のバブル経済崩壊以降、今日に至るまで、日本経済は本当の意味での回復を見ておらず、そこへグローバル化と少子高齢化の波が押し寄せていますから、将来に対する悲観論が蔓延するのも当然かもしれません。

しかし、各地を旅行すれば分かるように、日本中どこへ行っても建物は綺麗で、各種施設も充実しています。先人の努力のおかげで、富が日本の隅々にまで行き渡ったのです。そしてバブルがはじけたとはいえ、日本は歴史上かつてないほどの資産を持つに至りました。社会的なインフラも、新幹線や立派な道路や橋に加えて、大学などの知的なものに至るまで実に充実しています。そして何よりも大きいのは、このことで世界が日本の力を認めるようになりましたから、海外に何かを売り込むにも、先人たちがトランジスタラジオを売り込む時に味わったような苦労をしなくてもいいということです。

「日本はダメだ、ダメだ」という前に、これら有形無形の資産をどう活用して日本を発展させていくかを、まず考えることが先なのではないでしょうか。

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生かせ少子化

少子化であるということは、みなさんが先行世代から受け取れる資産は一人当たりにすればこれまでにないほど多いことを意味します。確かに年金問題や財政赤字など、将来に不安を抱かせるような問題もありますが、これは先進国ならどの国にも大なり小なり共通する問題で、そんなにくよくよする必要はないと思います。それよりも日本にはそれを補って余りあるぐらいある資産があるのですから、問題を解決するためにも、資産をいかに生かすかを考えるべきなのです。

もちろん、現状に全く問題がないわけではありませんから、しなければならないこともいくつかあります。たとえば、議会制民主主義はいいにしても、現在の政治やそのシステムについては改革していかなければならない点が多々あると思います。社会・経済がグローバル化し、企業を中心に民間がそれに対応している中で、国家としても大きく変わらざるをえないのに、旧態依然のことが続けられているのはいかがなものでしょうか。早急にみんなが納得できる仕組みを作り、若い人の力を借りるなりして、能力のある人をもっと活用するような制度に変えていかなければならないと思います。

文系の研究者としては、国の学術研究費の予算配分を現在の科学・技術偏重から、もう少し文系にもシフトしてほしいと思います。どんなに優れた科学・技術を開発しても、それを社会とリンクさせられなければ意味がありません。経営レベルでいうと、それらを上手に売って利潤をあげ、それを有効に活用し続けるシステムを作る必要があります。これはやはり文系の仕事です。現在のように科学・技術に巨費を投じ、その成果の一部を海外へ流出させているようではあまりにももったいないと思います。

そしてもう一つ、どうしてもしておかなければならないことは、みなさん自身が、今から将来に備えて実力を蓄えておくということです。

高校生へのメッセージ

そのためにはまず、土台となるものを身につけておかなければなりません。

その一つが学力です。受験のための勉強については様々な批判もありますが、私はみなさんにとって最も身近であるからこそ、学力をしっかりつけるためのいいきっかけになり、格好の素材だと思っています。しかし最近は、入試の多様化などで、一時期に比べこれを軽んじる傾向があるのはとても残念です。たとえ受験のためとはいえ、脇目も振らず努力することは大切ですし、結果としても、大学や社会で求められる知識やスキルの基礎を十分養うことができます。もちろん時間にゆとりがあれば、スポーツや音楽、美術なども含めて、受験に関係のない科目についてもしっかり学んでおいてほしいと思います。

二つ目は体力です。最近はある人とない人との差が開いていると聞きます。体力は仕事や研究をするうえで欠かせないものですし、気力を支えるものでもありますから、けして軽んじてはいけません。体が成長する高校時代はまたとないチャンスですから、そのための時間も十分に確保してほしいものです。

三つ目は、絵画や音楽、小説などに触れて、芸術的感性を磨いておくことです。このような感性が豊かでないと、人とも上手に付き合えませんし、世の中の様々な事象に対する感度も鈍ります。そもそも自分の人生について、真剣に考えることもできないのではないでしょうか。芸術的感性はまた、体力同様、気力にも影響を与えます。精神的に落ち込んだりした時などは、体力だけに頼っても限界があります。芸術的感性が刺激されることで、人は逆境から救われることも多いのです。

一橋大学の使命と、目指すもの

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昨秋の学長就任時に、私は一橋大学の養成する人材のイメージを、≪スマートで強靭なグローバルリーダー≫と表しました。

≪スマート≫という言葉は、ジョセフ・ナイ教授が≪スマートパワー≫という概念をハードとソフトの巧みな融合として提唱したのと同じような意味で使っています。携帯端末や新エネルギーに関連する設備や機能にも冠せられるようになっていますね。ですから、この言葉に私が託したのは、質の高さと国際性のイメージです。本学は商社をはじめ、世界的に活動する企業に多数の人材を輩出してきましたし、そのトップにも本学出身者は少なくありません。また≪日本の中のヨーロッパ≫と称されるキャンパスや建物群の美しさも、同時にアピールできるのではないかと考えました。

≪強靭≫さを加えたのは、スマートだけでは線が細いとの誤解を受けかねないと考えたからです。実際、リーダーたる者、優秀でいい人だけでは不足です。やはり自分の核になるものを持ち、それをことあるごとに主張し、少々のことでは曲げない精神力が必要です。そしてその核を育む際に拠り所となるのが、一橋大学伝統の≪リベラリズム≫だと私は思っています。

リベラリズムの基になるリバティーという言葉には、同じ自由と訳されるフリーダムという言葉と違って、気ままというよりは能動的に、自分たちなりに工夫して自由にやってみるというニュアンスがこめられています。ヨーロッパにおける市民社会的自由主義に近く、何事もお上に頼らず、民間で、互いに個を尊重しながら力を合わせて解決していこうとする考え、態度を表します。在野の精神ともいえますが、本学の場合には、政治的な意味合いよりも経済的自由主義の意味合いの方が強いと思います。

三番目の≪グローバルリーダー≫は、文字通り世界のリーダーですが、現実には、その前に日本のリーダーとなることが必要だと思います。一橋大学では、リベラリズムと並んでよく知られているのが≪キャプテンズ・オブ・インダストリー≫という標語です。これは「産業界においてキャプテンたらん」という目標を表したものですが、私としては今後は産業界に限らず、これまであまり進出してこなかった行政や政治の世界へも、キャプテンとなる人を輩出していきたいと思っています。産業も、社会の仕組みや国の制度と無縁ではいられないからです。

真のスマートさを目指して

現在、一橋大学ではキャンパスの整備も含めて、学生にとって集うことが楽しい大学づくりを積極的に推し進めています。その一つが感性に訴えかける装置作りで、大学としては教養教育を充実させるのと同じくらい重要なことだと考えています。

経済界などからはよく、大学はもっと教養教育に力を入れてほしいという要望が寄せられます。トップに登りつめた人たちが、海外のリーダーと言葉を交わす際、自らの教養のなさを痛感するからだといいます。しかし、その時に備えて学生時代から教養、教養というのも何か不自然です。そもそも教養とは、自分でも気づかないうちに自然に身につくべきものなのではないか。そこで大学としては、そのためのカリキュラムの充実に加えて、言葉で理解する前にそれを大事に思える感性を育てることが大事になってくるのです。

芸術的感性に訴えるのはそのための有力な手段ということで、まず手始めに、海外からの評価も高い兼松講堂を拠点とするレジデントオーケストラ、『国立シンフォニカー』の活動を支援しています。これにはもちろん、芸術的感性に触れることが社会科学の専門性を深める上においても欠かせないという意見も集約されています。

社会科学では理論を学ぶことは大事ですが、それを世のため、人のために生かしていくにはやはり芸術的な感性が欠かせません。一方で感じ、その一方で感じたことを社会科学的な分析に基づいて、具体的な問題解決に生かしていく。言い換えれば社会科学の理知と芸術的感性の二つを兼ね備えておくことが、まさにスマートなグローバルリーダーに求められることなのだと、私たちは考えています。

※2010年、創立135年を記念して、指揮者でOBの宮城敬雄氏を中心に結成された

一橋大学のグローバル化の試み

「せっかく日本へ来たのに、短期留学生は別にして、4年間で日本語について少しも学んでもらわないのはもったいない」と、海外から留学生を呼ぶためにすべての授業を英語で行うカリキュラム開設に異議を唱える山内先生。日本で最初に、すべてを英語で行うことで話題になった国際・公共政策大学院の国際・行政コースや公共政策コースアジア公共政策プログラムにおいても、日本語は必修になっている。

「教育においてもグローバル化が叫ばれる現在、日本の大学の多くが苦しんでいるのは、日本が明治以来、大学教育においてあまりにも成功しすぎたから」と、山内先生は明快に語る。世界を見渡しても、あらゆる学問を自国語で学べる国はそう多くない。『日本は数学も日本語で教えるのか』と、あるベルギー人に聞かれてびっくりしたこともある。実際、中国の法学研究者は、日本の教科書を大いに参考にしていると聞く。その方が理解しやすいからだ」とも。

現在、一橋大学が教育のグローバル化の一環で取り組んでいる一つが、EUが行っている「エラスムス・ムンドゥス」計画への参画である。これはEUがお金を出して、ヨーロッパと世界の大学の間で教員と学生を移動させようというもので、それぞれ幾つかの大学の間で教員や学生の交流を行うプロジェクトを実施することが求められる。一橋大学は、韓国のソウル大学(Seoul National University 1946~)、オーストラリアのオーストラリア国立大学(The Australian National University 1946~)、ニュージーランドのオークランド大学(University of Auckland 1883~)、フランスのパリ政治学院(Institut d'Etudes Politiques de Paris(IEP),通称Sciences Po 1872~)、ポルトガル最古のコインブラ大学(University of Coimbra 1290~)、スウェーデンのウプサラ大学(Uppsala University 147 ~)、デンマークのコペンハーゲン・ビジネススクール(Copenhagen Business School 1917~)、チェコ共和国のプラハ経済大学(University of Economics, Prague 1919~)などとコンソーシアムを作り、その準備を進めている。

また、一橋大学では外国の大学と個別の授業について詳細に摺り合わせ(チューニング)を行い、真の意味での交換留学、大学教育の国際標準化を実現することを目指している。

Profile

一橋大学 学長

山内 進先生

1949年北海道小樽市生まれ。1972年一橋大学法学部卒業。1977年同大大学院法学研究科博士課程修了。1987年法学博士。成城大学法学部教授、一橋大学法学部教授、法学部長、理事等を歴任。2004年、21世紀COEプログラム「ヨーロッパの革新的研究拠点」の拠点リーダーに就任。2006年副学長(財務、社会連携担当)、2010年12月一橋大学長に就任。専門は法制史、西洋中世法史、法文化史。『北の十字軍』(講談社)でサントリー学芸賞受賞。その他『新ストア主義の国家哲学』(千倉書房)、『掠奪の法観念史』(東京大学出版会)、『決闘裁判』(講談社)、『十字軍の思想』(筑摩書房)など著書多数。

※この記事は、大学ジャーナル2011年9月号(Vol.95)に掲載された当時のものです。