トップが語る、「大学」と高校生へのメッセージ

東北大学総長 井上明久先生「困難に立ち向かうために」

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東日本大震災によって引き起こされた複合災害に見舞われた東北地方。

その中核都市仙台にあって、復興のための知の拠点作りを進める東北大学。

就任から半年後の2007年に、東北大学の改革プランをお聞きした第20代総長井上明久先生に、大学の今とこれからの取組、学問や人材養成についての思いをお聞きしました。

最初にみなさんに伝えておきたいこと

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東北大学では、この10月1日以降、全く例年通りに授業が行われています。

春は震災の影響で、授業開始は1月遅れましたが、夏休みを2週間に短縮して前期を9月22日に終えることができました。建物や設備については、専門課程の一部の学科で深刻な被害を受けましたが、目下、国の支援の下、急ピッチで修復が行われています。恐らく、みなさんが入学してそこへ進む頃には、最新の校舎や設備が完成し、これまで以上に快適な教育・研究環境が整えられていることと思います。

放射線量も1時間に0.06~0.07 マイクロシーベルトで、0.09のニューヨークはもちろん、北京、香港に比べても低く、世界標準の半分ほどです。キャンパス内に特にホットスポットと言われるところも見つかっておらず、大学はこれまで通りの姿を取り戻しています。

知の融合を進めよ

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総長就任後、初めて迎えた新年度に、私はみなさんに東北大学は知の融合を積極的に進めて異分野融合の複眼的視野を持った人材の育成を図っていきたいとお話ししました【本誌69号:2007年5月25日発行でご覧頂けます】

科学・技術の最先端分野では、今や学際融合が当たり前になり、新たな発見・発明の多くが、分野横断型の研究から生まれてきています。また人文・社会科学の分野でも、グローバル化や情報化の進展で、課題解決には、複眼的な視野を持った人材が不可欠です。このような考えから私たちは、この間、大学院教育では国際高等研究教育機構※1を、また学部教育では教養教育院※2を開設し、学部時代にはできるだけ視野を広げ、専門へ進んだ後も、細分化した領域についてだけ研究するのではなく、分野横断型の研究を通じて、複眼的な視野を備えられるよう教育・研究の環境を整えてきました。

このような知の融合が不可欠であるという思いは、今回の大震災を機に一層強まりました。復興のために必要な様々な課題の解決、あるいは将来の危機への備えなど、どれ一つとして、一つの分野の学問や専門知識・技術で対処できるものはないからです。大震災によって、これまで以上に多くの学問分野を融合させたプログラムを準備して、社会を俯瞰的にとらえ、リードしていく人材を早急に育成しければならないことが一層浮き彫りになったのです。

今回の大震災を受けて、私たちの多くは当初、科学・技術の無力さを痛感しました。本来なら社会の役に立つべき大学の学問、研究が地震や大津波、原子炉の溶融を未然に予知したり、防いだりできなかったからです。また震災時やそれ以降において、危機や困難に際しても揺らぐことなく、それを克服し解決するのにリーダーシップのとれるような人材を、これまでに輩出できてきたのか。科学・技術のあり方だけでなく、大学そのもののあり方も問い直したのです。

※1 平成18年に設置された、融合領域分野の若手研究者養成を積極的に支援する「国際高等研究教育院」と平成19年4月に異分野の融合領域としての新分野の創出、その研究支援並びに研究推進組織として開設された「国際高等融合領域研究所」などを統合して平成19年4月に完成した。

※2 教養教育は、学部教育のみならず、大学院での異分野融合研究の創造にも重要との観点から、『井上プラン』に基づいて、改革を担う新たな組織として開設された。その他、学部の枠にとらわれない少人数教育の「基礎ゼミ」や、文科系の学生を対象とした理科実験など独自のカリキュラムなどが創出され、従来の教養教育は大きく改革された。

災害科学国際研究所とリーディング大学院を開設

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社会の役に立つ、つまり社会や産業との連携という点で、大学はこれまで極めて消極的だったと言わざるをえません。産学連携などにしても、どちらかというと、研究者一人ひとりの興味に基づいて積み上げた研究の一部が、発展していくという程度ではなかったでしょうか。社会の何らかの課題に対して、大学全体で組織的、戦略的にチームを作って対処しようという動きはまずなかったのです。今回、このような非常事態に直面して、これまでのようなやり方では、大学が社会への責務を果たせないということが、奇しくも露呈しました。しかも複合型の震災ですから、特定の分野の研究者だけではなく、あらゆる分野の研究者の協力が不可欠であることも明白となりました。たとえば原発事故の問題では、原子力の専門家の他に、原子力発電所への地震や津波の影響や、放射能汚染と気象との関連を調べるといったように、様々な分野の専門家の協力が必要です。また教育面においても同じことがいえます。危機の克服や困難の解決に向けて問題を解析したり、将来方針、地域の人々の進路のヒント避難計画から、今後何十年に亘る生活の青写真の作成など、総合的なリスクマネジメントを行える人材を養成するためには、専門を超えて様々な分野に亘る総合的な教育や研究のプログラムが不可欠です。

このような問題意識から、東北大学では来年の3月11日を目標に、人文・社会科学、理工、医学の全ての分野の研究者を糾合して、災害科学国際研究所の開設を目指しています。これは今年の4月下旬に創設した『東北大学災害復興新生研究機構』【コラム参照】の7つの重点プロジェクトの内、その中核をなす災害科学国際研究プロジェクトを具体化するためのもので、東北大学としては昭和20年以来、約70年ぶりの全く新しい部局となります。また、極めて大規模な自然災害が社会のあらゆるリスクを包含していることから、災害科学の知を学ぶとともに、国際性を高め、人類社会のリーダーとして活躍できる人材養成を目標としたリーディング大学院プログラム「ソーシャルリスクアドミニストレーター養成プログラム(SRAP)」の創設も予定しています。

新しい存在感を加えて、世界リーディングユニバーシティへの道を歩む

今回の大震災によって、東北大学は、大地震、大津波、原子力発電所事故という複合型災害に見舞われた世界で唯一の総合大学として、人類社会への貢献を果たすべく大きな使命を負ったと言っても過言ではありません。もちろん世界のリーディングユニバーシティを目指すというこれまでの目標も変わりません。この度、国際的な災害科学研究などの新たな学問を立ち上げ、さらに危機に際してリーダーシップの発揮できる人材養成を始めるなど、むしろこれまでとは違った存在感も加わってくると思います。

タイの大洪水ではありませんが、人類の文明の進展に伴って地球が狭まり、そこへ気候変動が加わることで、今世紀には自然災害をはじめとした社会のリスクが一層増加することが予想されます。災害を科学し、危機に対処できる人材の養成は、世界の大学にとっても、今後の大きな課題になってくると思います。

東北大学の立場からいえば、従来の国際高等研究教育機構に加えて、災害科学国際研究所や新たなリーディング大学院が開設されることは、教育・研究体制の一層の充実につながります。近年、国立大学において、これほど多分野に亘る新たな学問が創出されたことはなかったはずです。いずれも研究所、大学院を中心にしたものですが、それが学部教育に与える影響は計り知れないと思います。学部段階での従来の学びに加えて、大学院では将来社会に役立つ科学・技術を学びたい、あるいは危機に直面しても揺るがない自分を育てたい。みなさんのそんな関心や夢にも、これからの東北大学は大いに応えていけると信じています。

災害科学国際研究所

東北大学災害復興新生研究機構は、「これまでに経験したことのない大震災からの復興・地域再生に被災地の知の拠点として貢献すること」、及び「東北、日本のみならず、災害復興を目的とした総合研究開発のための世界的COEを形成する」を基本理念とする。災害科学国際研究の推進の他、地域医療の再構築、環境エネルギー、情報通信の再構築、東北マリンサイエンス、地域産業復興支援、復興産学連携推進の7つを、重点プロジェクトとする。いずれも、教員から提案された144件のプロジェクト案をベースに構築した。

災害科学国際研究プロジェクトは、災害理学、人間社会対応、災害医学、災害リスク、情報管理・社会連携、地域・都市再生の6研究部門からなる災害科学国際研究所を設置し研究を推進する。各部門では、超巨大地震・津波発生メカニズムの解明と次世代早期津波検知技術の開発、災害発生後の被災地支援学の創生、広域巨大災害対応型、災害医学の医療の確立、都市再生と語り継ぎのためのアーカイブの構築、東北地方太平洋沖地震・津波被害の実態に基づく減災技術の構築、都市の耐災害性向上と多重フェイルセーフ化が主なテーマとして掲がっている。また、国内外の研究機関や企業、被災自治体との連携や、交流のある大学を中心に海外との共同研究なども計画している。

他に地域医療再構築プロジェクトでは、主に被災した医療従事者の大学病院への受け入れや再教育などを中心とする、地域医療総合研究センターの設置も検討されている。

Profile

東北大学 総長

井上 明久先生

1947年生。兵庫県姫路市出身。姫路工業大学( 現兵庫県立大学) 卒業後、東北大学大学院・工学研究科で金属材料工学を専攻。75年、同博士課程修了。76年からは東北大学金属材料研究所に勤務するとともに、米国ベル研究所やスウェーデン国立金属研究所などの客員研究員としても研鑽。85年東北大学金属材料研究所助教授、90年同教授、2000年には同所長に就任。文部科学省科学官や東北大学学際科学国際高等研究センター長などを併任し、02年総長補佐、05年副学長、06年11月より東北大学総長。2006年、産学官連携功労者表彰内閣総理大臣賞。日本学士院会員。

※この記事は、大学ジャーナル2011年11月号(Vol.96)に掲載された当時のものです。