トップが語る、「大学」と高校生へのメッセージ

早稲田大学総長 鎌田薫先生「様々な個性と出会うために」

鎌田薫先生の写真

外国人留学生約4500名、海外提携校は約660校、私費を含めた海外への留学生約2700名、ボランティアに参加する学生数、年間のべ2万人、校友数57万人。

これらは受験生があまり意識しない指標ながら、早稲田大学が日本の大学の中で1、2を誇る数字です。

世界的に大きな価値の転換が予想され、社会の様々な場所で新しい時代をリードできる人材が求められる中、≪進取の精神≫に富んだ人材の育成には社会から熱い期待が寄せられています。

昨秋、第16代早稲田大学の総長に就任された鎌田薫総長に、大学の使命、早稲田大学の取組、高校生へのメッセージなどを伺いました。

大学の使命

私たちの間では、よく≪危機時の早稲田≫という言い方をします。これはかつての≪バンカラ≫という言葉とともに、早稲田大学が輩出する人材をある意味で象徴するものです。

早稲田大学は長い歴史の中で、政財界、官界をはじめ、社会のあらゆるところに、有為の人材を多数送り出してきましたが、その多くは、既成の価値観に捉われず、強いリーダーシップを発揮できる人、まさに≪進取の精神≫に満ち溢れた人たちだったと思います。

東日本大震災を受けて、今後の科学技術のあり方や、危機に対応できる社会システムの構築などが議論される一方、節電という二文字にも象徴されるように、これまでの浪費型の生活様式からの脱却など、日本社会は今、大きな価値観の転換を迫られています。このような状況の中で、行政は行政なりに、民間は民間なりに、次の時代へ向けての転換を模索していますが、ここでの大学の役割はきわめて大きいと私は思っています。今求められているのは目先の対応ではなく、根本的な変革であり、それを受けて新しい価値観を提示し、新しい時代にふさわしいリーダーを養成することこそ大学の使命だからです。

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早稲田大学の自覚

最近は大学と産業界や官界との間で、次世代リーダー養成についての話し合いの場がしばしばもたれます。その中で産業界からは、昨今の各方面におけるリーダー不在は大学の責任ではないかという厳しい声も発せられます。もちろん私たちとしてもそれを怠ってきたつもりはありませんし、大学に全てを押し付けられては困るとも思っています。ただ、東日本大震災に限らず、タイの大洪水、欧州の金融危機など、最近の大きな出来事はすべて国際的な連関の中で増幅されますから、リーダーとしての資質も、従来型の均質な社会の中だけで活きるものから、多様な価値観を持った人たちをリードできるものへと変わってきています。このような社会構造の変化はずいぶん以前から予想されていたことだったとはいえ、あまりの急激な変化に、大学全体がついていけなかったというのも正直なところかもしれません。

様々な危機が明確になった今こそ、大学はこれまで以上に≪自覚的≫に、新しい価値観を提示するとともに、次世代のリーダー養成を急がなければなりません。そして早稲田大学は、率先してその一翼を担わなければならないと考えています。

早稲田大学が大切にすること

新しい時代を担う人材に最も求められるものは、何をすべきかを自分で見つけ、解決の方向性を自ら示すことのできる力です。環境問題に始まり、大災害の世界的な影響、あるいは世界中を揺るがすような金融危機などは、これまでなかなか予想しえなかったことで、既存の知識のみでは解決の糸口を見つけることは困難です。またいずれも総合的であり、かつ複合化したものですから、自分ひとりの力に頼るのではなく、関連する分野の専門家を束ね、それを牽引する力も必要です。

私は、こうした力を生むバックボーンこそ、大学空間に満ち溢れた多様性であり、それが早稲田大学の最大の特徴だと思っています。大学とは教室で講義を受け、ノートを取るだけのところではありません。課外活動も含めキャンパスの至るところで、様々な個性とぶつかり合い、それぞれが自分の個性を自由に伸ばしていく場所なのです。

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具体的な取組から

早稲田大学では、数年前から大規模な国際寮、中野国際コミュニティープラザ(仮称)の建設を計画しています。場所は中野の新キャンパスで、収容人員約800人(予定) という大規模なものです。ここでは海外からの留学生と、国内の学生が一つ屋根の下で生活します。早稲田には、受け入れ数の多さもさることながら、留学生の教育や日本人学生との交流について、歴史に培われたたくさんの知恵があり、授業だけでなく、キャンパスの中でも日本人学生と交流するためのきっかけづくりを行っています。同時にこれは、日本人学生にとって、海外留学と変わらない異文化交流がキャンパス内でもできることを意味します。国際寮は、この考え方をさらに進めて、生活空間そのものをグローバル化させ、一層の多様性を生み出そうと構想されたものです。

寮の新設には、地方からの学生に便宜を図るという目的もあります。早稲田大学はこれまで、地方から優れた人材を受け入れ、そうした人たちがやがて社会を大きく動かす原動力にもなってきました。しかし近年は、首都圏の大多数の大学の例にもれず、自宅通学者が増加し、早稲田伝統の多様性が失われるのではないかという危機感を募らせていました。

地方の学生の減少は、経済的負担の増大のほか、入試の高度化・複雑化などにもよると考えられますが、まずは経済的支援の充実と都会での生活のサポートを最優先にし、2009 年度入学者からは『めざせ!都の西北奨学金』※1が創設されました。学生寮の充実は、いわばその第二弾で、地方からの学生を生活面から支援する役割も担っているわけです。

早稲田大学ではその他、2002年から、基礎的な知識や技能をしっかり充実させるために、英語力や数学力、それに、英語・日本語による専門的な文章作成の作法をトレーニングする仕組の充実を図っています※2。自ら問題を発見し、その解決について自分で考えるにも、基礎的な知識やスキルがなければ不可能だからです。この一連のプロジェクトの特徴は、従来の学部単独で行うものと違って、どの学部にいても必要に応じて受けられるという点で、大規模大学としての利点を極大化しています。

また、何のために大学で学ぶのかを理解し、より意欲を高めるために、企業や官公庁などのインターンシップやボランティア活動など、実際の仕事や社会を体験する場を極力増やすようにしています※3

早稲田大学は、開講されている授業の数や登録された課外活動の数でも、おそらく全国で1、2を争うと思いますが、それ以外にも、夥しい数の私的な勉強会、サークルがあります。すべてを手取り足取り教えるような大学ではありませんが、自ら進んでこの巨大な大学空間を探索すれば、私たちも知らないようなすばらしい経験や学びができるはずです。

授業や課外活動、あるいは生活の場で、たくさんの留学生をはじめとした様々な個性に出会える大学、早稲田でしか学べないもの、経験できないことをぜひ見つけに来てください。

※1 入学試験の出願前に申込み、書類選考により奨学金採用候補者として認定された場合、受験前に、入学後の奨学金交付を約束する制度。奨学金採用候補者は、該当入学試験に合格・入学することで奨学金に正式採用される。
原資は卒業生・教職員を中心に組織されている「早稲田大学校友会」からの寄付と、主に校友が利用するクレジットカード「早稲田カード」の還元金。

※2 2002年の『チュートリアルイングリッシュ』に始まる"WASEDA式アカデミックリテラシー"「1万人シリーズ」。英語コミュニケーション力、文章作成力、数学的思考力の学問を究める道のりに欠かせない3つの基礎学力を高める。

※3 実践型産学連携プロジェクト 『プロフェッショナルズ・ワークショップ』では、企業人と学生が共同で問題解決に取組み、実践的な解決策を提案する。

エピソードJ

Jはフランス語で青春を表すjeunesseの頭文字。お話をお聞きする先生方に、読者のみなさんの時代を振り返っていただいています。

私には、受験勉強らしい勉強をあまりした記憶がありません。その代わり高校でも大学でも、当時の高校生、大学生がしたようなことはほとんどしました。

法学部を選んだのは、将来どんな道へも進んでいけそうだったから。ただ、当時の世相を反映して、自由な人間の生き方に外から枠をはめる法というものに興味があったのも事実です。生意気にいえば、人間の自由な感性と法的枠組みの相克に興味があったといえばいいでしょうか。

法学のススメ

どんなときにも法というものを意識する西洋社会と違って、日本は長い間、法意識はそれほど必要とされてきませんでした。潜在的に社会の掟というものがあったからです。しかし、核家族化や大都市圏への人口集中などで地縁・血縁が薄れ、一方でグローバル化の進展もあって、いいか悪いかは別にして、日本も法社会の基盤を整備する必要に迫られてきました。

規制緩和という考え方、国の政策もこの流れを加速しました。これからは一人ひとりが法を意識して自分で決めていく。そして何かあれば司法に救済を求める。そしてこのことを各人が自覚するのが自己責任の原則です。最近は小、中学校でも法教育が行われるようになりましたが、それは市民として最低限、法のあり方を知っておかなければならない社会に、小さいうちから備えてほしいからです。

ヨーロッパとアメリカとでは少し違いますが、法を学ぶこと、法学とは、物の考え方の基本を学ぶことと言い換えることができます。複雑に絡み合った事実から、解決の糸口を見つけ、それを解きほぐして誰もが納得するようにきちんと説明する。法学とは人を説得する学問でもあるのです。だからこそ昔から、法学部を出れば法曹にならずに他の仕事についてもやっていける、「潰しが効く」とも言われてきたのです。行政や企業に進んだ人だけでなく、理系に進み、科学・技術に携わるようになった人の多くも、法知識が欠かせないことは実感しているはずです。学部で学ぶのか、あるいは大学院・ロースクールで学ぶのかは別にして、法学は、現代人ならすべての人に学んでほしい学問の一つといえると思います。途上国支援も、今や熱意だけでは通用しません。社会インフラの整備は法整備と一体でなければうまくいきません。国内だけでなく、国際社会においても、法学の知識を持った人は今後ますます必要とされるのです。

現在、さまざまな批判も受けている法科大学院(ロースクール)ですが、私は早稲田のロースクールについては、新しい法曹養成の確立を目指した理想的なものであると思っています。司法試験合格者数のランキングが下がったなどの指摘もありますが、例えば早稲田の法学部出身者の全司法試験合格者に占める人数を数えれば、早稲田の法学部で学んだ成果がこれまでと少しも変わっていないことがわかると思います。

高校時代は伸び伸びと過ごそう

大学では、何事についても「○か×か」で考えていては先に進めなくなります。正解があってそれに素早く辿りつくためのマニュアルは、受験の役には立ちますが大学では通用しません。もちろん受験勉強も将来必ずどこかで役に立ちますから、確実にこなしてもらわなくてはなりませんが。

ただ、高校時代というのは感受性が強く体力もあって、頭の働きも活発ですから、時間が許すかぎりいろんなものに接し、またチャレンジしてみるといいと思います。磨けばどんどん光るのです。若い時の回り道は薬にこそなれ、毒にはならないともいいます。失敗も若い時であれば成長の糧です。そもそも、自分が一番関心を持つことや自分の適性を見つけるには、教室で授業を受けるだけでは不十分ですし、使命感なども湧いてこないと思います。自分の殻に閉じこもりこじんまりとまとまったり、自分で自分を曇らせたりすることがないように、伸び伸びと過ごしてほしいと思います。

Profile

早稲田大学 総長

鎌田 薫先生

1948年静岡県生まれ。70年早稲田大学法学部卒業、75年同大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。78-80年・2001-03年パリ第2大学および第1大学で在外研究。早稲田大学法学部専任講師、助教授などを経て、83年教授。2004年法科大学院の発足に伴い大学院法務研究科教授となる。専門は、民法・不動産法・フランス法など。学外でも、法科大学院協会理事長、法制審議会民法(債権関係)部会部会長、国土交通省土地鑑定委員会委員長など多数活躍。『民法ノート・物権法①[第3番]』(日本評論社)、『民事法Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ[第2版]』(共編著)など著書多数。

※この記事は、大学ジャーナル2011年12月号(Vol.97)に掲載された当時のものです。