第3回 京都大学総長と首都圏有力進学校校長座談会

大学が求める力、高校で培いたい力。

出席者の写真

(写真右から)
埼玉県立浦和高等学校 校長
 関根 郁夫 先生
武蔵高等学校・中学校 校長
 梶取 弘昌 先生
開成中学校・高等学校 校長
 柳沢 幸雄 先生
京都大学 総長
 松本 紘 先生
東京都立西高等学校 校長
 石井 杉生 先生
東京学芸大学附属
国際中等教育学校 校長
 出口 利定 先生

●司会
森上教育研究所・代表 森上 展安 氏

「積分値の学力を見たい」「大学へ入ってから伸びるには、やはり基礎基本のトレーニングが欠かせない」――首都圏有力進学校校長と京都大学総長による座談会も、今回で早くも3回目を迎える。
先月には、関西でも同様の座談会が実現した。今回は先月の関西に引き続き、大学の入試制度についてこれまで以上に踏み込んだ意見交換がなされた。
最難関国立大学の入試改革は、高等学校以下の教育に大きな影響を与えるという意味でも、一朝一夕に行えるものではない。しかし受験生としては、ここで指摘されている問題点や改革への提言から、自らに求められるものを読み取り、また、巨視的な視点から進路を考える一助にしてほしい。

教育は社会全体で。
まず大学入試の問題点を考えよう

森上:まず総長の最近の問題意識からお聞かせください。

松本総長:日本は今、次の世代の人をどう育てるかを考えるのに、とても重要な時期に差しかかっていると思います。これについては、大学の教員だけでなく高校の先生方も同じ思いをされていると思います。

先の大震災で日本は、被災地において略奪もなく整然と復興に向けて協力し合う姿を世界の人々の目に焼きつけたと思います。最近の子は駄目だ、社会もおかしくなっていると言っていたけれど、日本人の根底には、まだ熱い心が残っているのではないかということを、みなさんも感じたのではないでしょうか。

しかし一方で日本は、人育てに関してはやや手を抜いてきたのも事実です。教育界にすべてを押し付け、人は社会全体で育てるものだということを忘れてきたと言ったほうがいいかもしれません。多くの人が幼稚園、小学校に始まり、中学校、高校、あるいは大学、大学院へと進み、実社会へ出る。社会人になって結婚して子どもができれば、また元に戻るというように一連のループを描く人生を歩みます。にもかかわらず、教育の議論は、高校なら高校だけ、大学なら大学だけというように部品に拘る。国も、教育は文科省、それも初等、中等教育と高等教育は局が違うとか、私学と国立大学法人とは別だというように、小さな部品に分けて考える。私はあえて教育と言わずに育人、人づくりと言いますが、これは世の中全体でやらないといけないと思っています。

そんな中で、高校と大学の関係者がこうして集まれば、やはり入学試験の話題は避けて通れないと思います。近頃、東京大学が9月期入学を打ち出しました。単独ではできないから一緒にやらないかとも言われていますが、全大学が動いても、高校としては勝手にやられては困るということも当然おありだと思います。ギャップイヤー※1と言っている半年間をどうするかも問題でしょう。

ただ私は、時期よりも試験のやり方の方が大きな問題だと思っています。今日お集まりの高校は、高校教育の理想を追求しておられると思いますが、大学の入学試験科目に力点を置かざるを得ない状況に多くの高校が追い込まれているのも事実です。入試に関係しない科目が手抜きになっていないか。科学技術立国が叫ばれていますが、私は一つの専門を究めるだけで新しいものを生み出せるとは思っていません。様々なことを学んでそれを総動員できる、知識と知識をつなぐトレーニングを受けた人間でないと、創造的な仕事はできないからです。

高校としてはいろいろなことを勉強させたいが、大学受験があって思うようにできない――、これについては悪いのは大学だ、いや高校だ、あるいはニワトリと卵の関係で語られることもありますが、私は責任の大半は大学にあると思っています。ですから、大学入学の時期をずらすだけでは問題は解決しない。やはり今の入試のやり方、たった一度の学力試験ですべてを決める方法を見直さなければいけないと思います。試験の日、体調が悪くて失敗したぐらいで人生が決まるのはおかしいし、教育の成果がそれだけで測れるのかはきわめて疑問です。京都大学でも、高校教育の成果をいかに公平に評価するか、二次試験も含めて検討を始めています。要は、まじめに勉強する子に報いる、という一つのメッセージを入試を通じて送りたいのです。

確かに最近ではAO入試などもあって、たとえば数学だけが飛び抜けてよくできれば、ほかは全く駄目でもいいという選考方法もあります。数学者は若いときに才能が開かないと駄目だという考え方なのでしょうか。しかし、みんなが大学へ入ってから伸びるという保証はないし、駄目な場合には本人がすごく不幸になる。やはり高校では、強制してでも様々な科目を勉強させたほうがいい。

もちろん、日本のほとんどの大学で教養部がなくなった今、どこで教養(リベラル・アーツ)をきちんと教えるかもよく協議すべきだと思います。スティーブ・ジョブスは、アップルの製品はリベラル・アーツとテクノロジーの交差点から生まれたと言っています。彼の作品、製品を見ても、技術的には取り立てて驚くほどのものはない。ただ、社会のニーズから人の行動パターン、芸術的センス、人の欲求に至るまで全て考えていたのではないかと思わせるふしがある。

今ほど科学イノベーションが求められている時はありませんが、それには科学の知識だけでなく、教養に基づく幅広い知識が必要となる。ではその教育をどこが担うのか。京都大学では今、教養教育の再構築に取り掛かろうとしていますが、高大接続も大きなテーマだと思います。

各校の取り組みと大学入試

森上:ありがとうございました。みなさんに、ご自分のところはこんな学校だということと、今の総長の問題意識に対してのご意見をお聞きしたいと思います。まず出口先生、いかがですか。

出口校長:2007年度から、従来の附属大泉中学校と帰国子女を受け入れていた附属高等学校大泉校舎を改編して、中高一貫の新しい学校をつくりました。現在、5年生まで埋まっています。教育の目標としては、まず第一にグローバル人材の育成を挙げ、そのために必要な英語によるコミュニケーション力、情報発信力の育成に力を入れています。また教員養成大学の附属ですので、教育実習生が、グローバル人材を育てるにはどういうスキルが必要かを学べるようにしています。

日本の学習指導要領に沿いながらも、国際バカロレア(IB)※2プログラムを導入し、昨年2月には認定校になりました。多くの教科で、英語で授業を行うイマージョン教育※3を取り入れていて、今日は1時間ちょっと、中川文部科学大臣にもそれを見ていただきました。

5年生では海外ワークキャンプに出かけます。修学旅行のようなもので、4泊は、2人1組で現地の高校生の家にホームステイし、そこから現地の高校へ通います。

成果の方も少しずつ出ていて、経団連がバックアップしているUWC(United World Colleges※4)という海外の留学制度に5年生が1人合格しました。

森上:あまり知られていませんが、すごく難関ですよね。

松本総長:日本の古典や漢文、歴史にはどのぐらい力を入れられていますか。

出口校長:基本的には学習指導要領に従っています。

松本総長:自国の文化を十分わかっていないと、国際会議などで、外国人に日本人のバックボーンを問われても答えられない。そのための教育を、どこかでやっておられるかなと。日本人はどこから来たのか。韓国や中国、インドの文化とはどう違うのかということを、われわれはしっかり言えないといけないと思う。

ラテンやヘレニズムの話をされたら、少々勉強していても西洋人にはかないません。ヘブライズムと言われたらもっとわからない。やはり異文化と渡り合うだけのバックボーンは、若いときにぜひ身につけてほしいと思います。大学に来てからでは遅い。私も高校時代にたたき込まれた知識が今ごろ役に立っている。若いときに教えてもらったことは忘れないものですね。

漢文は教えられていますか。

出口校長:今の学習指導要領では高校課程になっていますから、本校では4年生に古文と漢文を入れています。

松本総長:漢文には中国の考え方がしっかり出ています。日本には古文だけでなく、和歌や俳句もあります。それらを厳選して、頭が柔らかいうちに、100首、200首と覚えさせたら、将来、国際舞台でホメロスが話題になっても、日本にはこういうものがあると言える。課外でもいいですから、ぜひ教えてほしいですね。

森上:それでは石井先生お願いします。

石井校長:転任してきた教員の多くが、「こういう都立がいまだにあったのか」というような、昔ながらの文武二道のオーソドックスな進学校です。教養教育を重視しているというのでしょう。生徒には、高校の3年間でいろいろなことを経験させようと考えています。そして、それぞれの生徒がお互いにやっていることを認め合えるようにすることで、できるだけ、価値観の多様性を確保するようにしています。

松本総長:いろいろな中学から集まるから多様性はあると。

石井校長:都立の中ではいろいろな中学校から生徒が集まる学校だと思います。

松本総長:進学先はどうでしょうか。東京の大学は、数が多いだけでなく質もいいですから、多様性はあると思います。しかし文化という点では、やはり利便性や効率を追求する画一的なものになりがちではないでしょうか。良い点もあるが、失っているものも多い。反対に地方に行けば、昔からのものや、地域や人とのつながりといったものを大切にしている。京都などは典型ですが、人を育てるという意味では、若いときにそういう場所で学ぶことも大切だと思います。日本全体を考えると、東京という都市の中で一生を過ごす人が多いのはあまりいいことではないと思います。大学時代は地方へ出るチャンス。東京がよければ就職の時に戻ってくればいい。

石井校長:私も大学時代、京都の下宿で何年間か過ごしましたが、それは貴重な経験でした。そういう経験を本校の生徒にもさせたいと思っています。京都には、回り道をすることで得られるような良さがある。人間の幅を広げてくれるというか。

授業に関しては、できるだけ時数を確保して、やらすべきことはやらせています。文系、理系についても早くから科目は絞らせないで、高校時代に学ぶべきことは、きちんと学ぶべきだと考えています。

ただ、先ほど総長が言われたように、社会全体で子どもたちの教育を考えようという意識は年々薄くなってきていて、入ってくる生徒の学力は上がっているかもしれませんが、人と触れ合うこと、人間関係能力ということでしょうか、その点で、私は危機的なものを感じています。

森上:関根先生はいかがでしょうか。

関根校長:本校ももともと文武両道を大切にしていて、2代目の校長が作った「尚文昌武」、≪文を尊び、武を昌んにする≫という言葉を理念に掲げています。男子高ということもあって、体育にも力を入れていて、年中、走らせています。

森上:運動はよくしますね。

関根校長:11月6日にあった50キロの強歩大会では、81%の生徒が浦高から古河まで走破しました。強歩と言っていますが、基本的には走る。また1年生には、臨海学校に向けて3か月間泳がせている。別名、体育学校と言われるぐらいで、1500メートルの記録は3年生の平均が5分29秒で、全国平均より39秒速い。

私は20年程前にはここに教員でいましたが、今はその頃と比べて、半分は同じで、半分は変わっています。進路指導は全く変わりました。私のいたころは、第3回教員が好きなように授業をするだけ。進学実績が落ち込んだ時期がありましたから、改革せざるをえなくなったのだと思います。

校長として赴任してからは、生徒には≪少なくとも三兎を追え≫と言っています。少なくとも勉強と部活動と学校行事の3つには一生懸命に取り組んでほしいと。新入生には中学校までの固定概念もあるし、予習をきちんとできない生徒もいる。そこで「守破離」の精神で、1年目は「守」で、中学校までの型を壊し、浦高の型にはめる。それから浦高の型を「破」って、自分なりの方法を見つけて「離」れて行きなさいといっている。しかしきちっとやりすぎると、浦高の型にはまって「離」が難しくなる。

こうお話しすると、なかなか厳しい学校に思われそうですが、生徒はみな学校生活を楽しんでいます。卒業式の前日にアンケートで3年間の満足度を聞くと、この春の卒業生では96%が満足。4%は、自分がそこまでやれなかったという意味での不満足で、学校に対しての不満は0でした。

高大接続では、本校が埼玉大学と連携を行ったのが、おそらく全国で初めてだったと思います。海外とは、イギリスのパブリックスクールと姉妹校の提携をして、短期交流のほか、毎年1人ずつ、1年間の長期留学に出しています。行った生徒のほとんどは日本に戻らず、イギリスの大学に行っています。ただ希望者が減ってきたため、一度2年生あたりで、アメリカのサマーキャンプに送り込むことも検討しています。同窓会が中心になって、OBを招いての麗和セミナーという講座も開いています。

大学との連携では、見学会と称していろいろな大学の授業を見に行きますが、東京大学ではOBの教授を訪ね、具体的な研究にも触れさせてもらっています。他に、県教委の高校教育指導課長時代に、東京大学の大学発教育支援コンソーシアム推進機構と連携して、日本の高校の指導法や教材を世界で戦えるレベルにしようという試みを模索したことが縁で、協調学習※5の手法による教材作りの推進校になっています。

今の大学入試システムについては、おおいに問題があると思っています。東京都を中心に始まった、難関大学に何人入れるかという目標設定の仕方は埼玉県でも盛んで、実績を上げている学校をベンチマークにして、効率的な指導法を開発しています。本校もいろいろ取り入れましたが、合格率は上がるがデメリットもあります。例えば物理では、実験してレポートを書かせるということを、4、50年前からやっていますが、そのための時間が十分に取れない。芸術でも、人間国宝だった増田三男先生が作り上げた指導法を基に、職人技で木工をつくりあげるという授業がいまだに引き継がれていますが、同様に時間が足りない。

センター試験対策も、8割取らせるのは簡単ですが、95%取らせるのにはものすごく労力がかかり効率が悪い。全人教育を大事にしたいが、保護者の要望も大変強く、受験実績も問われる。そのため生徒はかなり忙しいし、教員も相当無理をしている。精神的にも弱い子が増えていますから、そのカバーも必要で、教員はほとんど12時間勤務です。

松本総長:それは大変ですね。でも生徒さんは体力がありそうですね。

関根校長:昔からのバンカラの部分もかなり残っていて、体育祭では、いまだに上半身裸になって全員参加で騎馬戦をやっています。1年生の保護者は最初、びっくりしますが、2、3年生になると慣れてしまう。

松本総長:そこから何人かは将来、社会のリーダーになるわけですね。そのときにフィジカルコンタクトの経験がないと、人の痛みがわからないから伸び悩む。リーダーは大変つらい決断をしなければいけないから人の痛みがわからないと務まらない。今はぶつかると痛いということがわからない子も多いから、これまで以上に体育が重要だと思います。それも18歳までの。根性を鍛えるにも必要です。ところで進学先はほとんどが関東ですか。

関根校長:北のほうへは行きますが、西にはなかなか行きませんね。

森上:では、次に梶取先生お願します。

梶取校長:武蔵では現在、≪三理想≫※6にも入っている「自調自考」、≪自ら調べ自ら考える≫ことと、「本物教育」を大切にしています。本物が何かは、実は私もよくわからない。ただ、偽物というのは、自分で体験や経験をしていないことを、あたかもしたことのように語ることだと理解しています。それで学校行事も、みな現地に行ってやる。天文実習は八ケ岳でやりますが、雨でも行きます。雨が降るのも自然の営みです。また昼間晴れていても、観測時に雲が厚くなることもある。しかし晴れていれば満天の星が見える。こういう時は、夜中の2時、3時まで起きて観測します。理科も、中学校の間は実験が主体で、教科書だけでやるのと違って効率は悪い。誤差も出ます。しかしその無駄こそ大切にしたいと思っています。

国外研修も本校の目玉の一つです。教員はついて行かず、生徒は2カ月間ほっぽり出されます。現地の学校に入れてもらって、1ヶ月から1ヶ月半、ホームステイ先から通います。最後の約2週間は自由旅行です。自分で計画を立てて一人で旅行してきなさいと。校長は代々、クビをかけてやってきました。しかし生徒は確実に成長して帰ってきます。もちろん目的は語学の習得だけではなく、現地の文化を体ごと学んでくることです。

松本総長:中学生ですか。

梶取校長:高校2年の終わりから高3にかけてです。受験実績を上げるためなら、やめればいいのですが、私が校長の間は止めるつもりはありません。やはり生徒たちがどのように成長するかを見たいからです。

日頃、生徒たちには、親が望んだことではなく、君たちが望んだことはしてあげたい、と言っています。このような指導方針は今の受験体制とは合いません。OBなどからは、東京大学の合格者数がなぜこんなに減るのかと批判も浴びます。ただ東大志向は、もうそれほど強くない。生徒たちがしたいことをさせたい、というのが先で、そのために必要な学力をつけてあげたいというのが基本スタンスです。しかもなるべくなら、手取り足取りしたくない。ただ10年ぐらい前までは、それでうまくいっていましたが、今の生徒たちはひ弱で、ほっておくと本当にしなくなる。ですから、手をかけざるを得ないというのが悩みの種です。また受験を考えたときに、世間は数字で見ますので、そこをどうクリアしていくかも課題です。

松本総長:物理を実験主体でやるのはいいと思いますが。

森上:柳沢先生のところはいかがでしょうか。

柳沢校長:今年の4月から開成の18代目の校長になりました。それ以前は、東京大学で10年以上、その前はハーバード大学で10年以上教えてきました。主に大学院でしたから、今は大学院生や学部学生を教えていた時に感じた問題点を踏まえて、高校教育を考えています。

本校の特徴は学園行事が非常に多いこと。4月は、中学1年生300名と、"新高"と呼ぶ高校から入学してくる100名が、筑波大学附属高校とのボートレースの応援に強制的に参加させられます。この時、応援歌の練習の面倒をみるのは高校3年生。5月には、6年間で一番のメーンイベントである運動会が行われる。

高校は各学年400名を、50人のクラスのまま8つの色に分ける。中学生は各学年300名で、1クラス43名で7クラスしかありませんから、クラスごとに8グループに分けて、それらを縦につなげる。そして練習をほとんど高3が指導するなど、縦のつながりを非常に重要視しています。その結果、5月の中間考査の後に始まる中学1年生に向けた部や同好会の募集では入会率が高まり、現在、部か同好会のいずれかに所属しているのは、中学1年生301名のうち288名、実に96%に上ります。それに運動会や文化祭の準備委員会、生徒会、6月にある学年旅行の準備委員会などで活動している生徒数を加えると620人で、だいたい1人が2つの所に所属していることになる。

このようにわれわれが課外活動にも力を入れているのは、学業成績は、中学生ならクラスの中で1番から43番まで順位がついてしまうが、それだけで人間は評価できないから、やはり一人ひとりが何らかの形で校内に居場所を作れるようにしたいと考えたからです。特に高校3年生は、運動会の準備委員会に全員が参加します。記録係から文集をつくる係まである。運動会は5月の母の日ですが、高校3年生はそこまで夢中になってやって、一仕事終えた時点で、自分の将来に備えて受験勉強を始める。私は、運動会が終わった瞬間が開成の生徒の元服式である、と言っていますが。

文系、理系でクラス分けはせず、高校2年、3年とは同じクラスです。ただ選択科目の社会科と理科の時間だけ、文系へ行く生徒と理系へ行く生徒に分かれる。 結びつきが強いのはクラブなどの仲間で、OB会も盛んです。卒業生のほとんどは関東の大学に行きます。

松本総長:9月入学についてはどうお考えですか。

柳沢校長:大学人の感覚からは大賛成です。様々な入試を一本化でき教員の負担が減るからです。高校の立場からは、首都圏の進学校出身者が東京大学へ入ってから伸び悩み気味だという現実を踏まえ、ギャップイヤーの間、例えば自分で稼いで暮らせるような職をいろいろセットしておいて、親元から離れて生活させるだけでも、おおいに効果があるのではないかと期待しています。地方の大学に行って下宿する話もありましたが、親元から通っていたのでは自立心が養われず、それが学業にも影響してくる。

松本総長:ただその際、家庭の経済格差が出てこないか心配です。また高校を2年半にはできませんから、4月就職のままだと卒業には結局大学で5年かかることになる。今、医学部は37歳、普通のドクターコースでも最速で27歳にならないと学位がもらえませんから、幼稚園の入園式から全て9月にシフトしない限り、社会へ出るのがますます先送りになる。昔なら27歳でもう立派な大先生でした。私はそういう時代まで戻らないと日本の学問は強くならないのではないかとも思っています。少なくとも一握りの人は、そうやって頑張ってもらわないと。

ただ、今日のお話を伺っていると、頑張れるだけの鍛練を個々の高校はやっておられるようです。運動もさせ、冒険もさせて。だからそのような教育を受けた子が、できるだけ早くしかるべきポジションにつけるように、周りがある程度協力することも必要だと思う。そういう学年全体、全国で100万人を超えるマスの集団をどう扱うかの設計をしてからでないと、9月入学だけを先行させるのは非常に危ないと私は思っています。

後藤:半年間の身分を誰が保証するのかという問題も大きい。高校の生徒なのか、大学の学生なのか。

松本総長:高校を卒業して大学に入学するまで身分はない。

後藤:そこのブランクでやることがわかる子たちはいいですが、多分、わからない子たちが大量に出てくる。

松本総長:だから制度として、例えばボランティアを義務づけ、それについては国がきちんと予算をつけるのならいい。それもないままに進めるのは非常に困難だと思います。

後藤:先ほどから出ているように、今の子たちは何か形を整えてあげないと駄目なところがある。しかし形を整えるとギャップイヤーにならない。この矛盾をどうやって解消していくのかが大きな問題だと思います。

松本総長:私はやはり、時期よりも入試のやり方の方が大事だと思う。高校卒業までに、どんな教育を受けたのかというのがすごく大事ですから、それを、どう評価していくかの仕組みを大学側はまず考えないといけないと思う。

森上:大学が高校の教育を守ってあげるというような感じですか。

異文化を体験すべし

松本総長:一般入試の場合、高校がどんなに立派な取り組みをしていても、それを大学は全く評価していない。できないから、しないということで、入試の点数だけで評価している。しかし例えば、今日お集まりのような高校で、成績が日頃優秀な生徒なら、われわれとしては大歓迎です。もし高校の選び方で不公平が生じるというのなら、各大学がアドミッションオフィスをきちんと設けて、それぞれ高校をしっかり拝見させてもらって、自分の責任で決めればいいと思います。

実は、中川文部科学大臣と経済界、メディア、それに東京大学の濱田総長や私も入れていただいて勉強会を始めています。そこでも同じような議論になる。私は大学と高校の接続だけでなく社会全体の仕組みを考えないと駄目だと言いました。中川大臣は、アメリカの大学で非常に厳しい教育を受けられた。それに比べると日本の大学のほとんどは楽園のようです。しかし今は50%の人が大学に来る時代。だから、そこでどういう教育をするか、国を挙げて一度議論しないと駄目だと思います。

中学、高校時代は何でもスポンジのように吸い込める。その時期を受験勉強だけに費やすのは、すごくもったいないと思います。日本の良さを世界に発信するなら、日本文化についても時間をかけて学ばなければならない。高校もいい教育をしたいけれど、他と同じでないと心配だという保護者の気持ちもあるから、合格実績を上げる方に流れる。その結果、首都圏の生徒は大体首都圏に集中する。それならせめて、寮を整備するなどして、共同生活をさせるような仕組みも取り入れないといけないのではないでしょうか※7

関根校長:われわれが学生のころは、国立の学費がとても安く、ほとんど全国に散らばりました。私は親元を離れたいという理由で、北へ行きましたが。しかし今の生徒には親元を離れるという発想があまりない。東京を離れると就職が厳しいということもあるかもしれません。卒業生で宇宙飛行士の若田さんは九州大学ですが、だから九州まで行こうという子も少ない。東北大学へは少し行きますが、関西へもなかなか行かない。文化の違いがあるからかもしれません。

松本総長:たしかに文化はすごく違いますね。ただこれからは、関東にいるから就職が安泰とは言えなくなるかもしれません。企業は外国にどんどん出て行っていますし、日本の大学から採る必要性は全く感じないと公言している経営者もいる。逆に勉強した子なら、どこを出ていてもいい。ただ、就職してそれなりの立場になったころに、グローバルリーダーとして、どういう視点で日本を語れるのかが問題だと思います。やはり、若い時にそれぞれ特色のある大学に散らばっておかないと、日本全体としての発信力は弱まる。場所はどこでもいいから、育った土地以外の文化を若いときに一度吸収しておくことがすごく大事だと思います。もちろん、大学に入れば、世界のあちこちに行けるとは思いますが。

森上:出口先生いかがですか。

出口校長:ここまで生徒を見ていて、やはり異文化の理解には時間がかかることを痛感しています。だから、個人的には寄宿舎制にしたい。家に帰すと、学校で経験したことがゼロに戻る。親から離れることが大学生には必要だというお話がありましたが、私はできれば中学、高校の段階でそれを経験すべきだと思っています。その方が家の良さもわかるし、寂しさなどの感性も培われるのではないか。

ところでうちの学校は現在、65%が女子です。国際という名前は語学のイメージが強い。今日お集まりの学校は男子校や男子が程よくおられる学校でうらやましい限りです。今後は、近くにある理化学研究所(和光市)と提携して、理数系にも強いことを強調するなど、少し戦略を変えようかとも考えています。

松本総長:今、日本の理工系では女子が少ない。工学部では女性教員も極端に少ない。韓国や中国にはたくさんいます。女子が多いというメリットを生かして、理科教育に力を入れられるのはいいと思います。理系に興味を持たせるような教育をすれば、多分、5%ぐらいの生徒は興味を持つ。それを20%、30%にして、大学へ送り込んでもらうとうれしいですね。

もう一つ、全員にお聞きしたいんですが、夏休みは今、どうされていますか。クラブ活動中心ですか。

森上:私学と公立とは違っていて、都立は今、夏休みほとんどありませんね。

石井校長:1、2年生はほとんど部活動で、3年生はほとんど講習です。

柳沢校長:クラブ活動の合宿が多い。長いところですと10日間。行き先は千差万別です。

松本総長:違う高校、あるいは大学生と一緒にやることはありませんか。

柳沢校長:大学生のOBは来ますが、同じところで育った先輩ですね。

松本総長:各校ともとても意欲的に取り組んでおられるようですが、例えば受験勉強の心配のない高1ぐらいで、親元を離れて、よその高校へ行くだけでもかなり多様性を経験させられると思う。たとえば関東から関西の高校へ、あるいはその逆をというようにすれば、国内でもかなり異文化交流できる。若いときに、考え方が全く違う子と接するのは非常にいいことです。そして大学がそれを評価すれば高校もやりがいがある。

柳沢校長:そうですね。

松本総長:有名受験校から上がってくる子は、最近、画一的になりつつある。しかし大学では、知識は粗っぽくても、素地が良い子が伸びる。素地を作るには、やはり高校までにいろいろなことをさせるのに尽きると思います。だから、先生方がやりたいことを、大学が評価してこなかったことが問題だと思います。今後は、大学側の責任としてそこを何とかしたいと思っています。

入試を変えるために

森上:石井先生、何か。

石井校長:いっそのこと、特定の大学が5年に一度ぐらい入試をやめ、学生を募集しないぐらいのことをしないと、今の閉塞感はぬぐえないのではないでしょうか。旧7帝大だけでもいい、順番で毎年2つぐらいが休む。その間、大学は充電できるし、ある学年は学生がいないから、勉強もできる。かつて東京大学の入試がなかった年もあります。私自身も経験者ですが、あれには文化交流的なインパクトがあったと思う。

松本総長:大胆な提案ですね。

石井校長:9月入学よりも、よほどインパクトがある。

松本総長:文科省からは怒られそうですが、ミキシング効果は大きいでしょうね。

梶取校長:大学の入試システムが変わらないと、われわれは変われない。そこでセンター試験に代わるものとして資格試験を考えてはどうか。そうすれば大学の入試科目が変わるごとに一喜一憂せずにすむ。それも、すべての科目をきちんと学んでほしいから全教科で行う。それをクリアしないと大学は受けられない。問題を作るのが大変だったら過去問でもいい。

松本総長:それもいい提案ですね。私は個人的には、全教科勉強してほしいと思っています。理系に行く子は文系に弱い、文系の子が数学もわからないのでは困る。音楽や職業に関する科目、美術や体操もしっかり学ばないとバランスの取れた人間になれない。

梶取校長:生徒は入試に関係のない科目は投げやすい。それが損だということに気づきませんから。

柳沢校長:アメリカの大学を受ける場合、外国人はTOEFLにSAT※8が必要です。両方とも何回でも受けられる。日本でも同じようにして、それぞれの科目を順次とっていけるようにしてはどうでしょう。そうすれば生徒が、自分で自分の限界を見定めることもできる。この科目は、ここまでとれるとか、これで大体限界かもしれないなどと、一つひとつ判断していく。センター試験と違って3年の間に、いつ受けてもいいようにする。例えば帰国生で英語が得意なら、高1でTOEFLを受けて、あとはほかの科目を重点的に勉強する。選択の幅があるのも大きなメリットになる。

松本総長:妙案ですね。

柳沢校長:私は環境学が専門で、東京大学のサステナビリティプログラム※9に関わっています。この大学院の選考は、問題を全部公表して、その問いに対するエッセイを書いてもらうAO入試と、大学の成績とTOEFLとで行います。これまでのところ選考で外れはありません。受ける側は自分が納得するまで時間をかけて準備ができるので、自分の力ではここまでだと、どこかで線を引ける。同じように、高校生一人ひとりが判断できるような仕組がいいと思います。

松本総長:高校だけでなく、小学校、中学校からでも取っていけて、あるレベルに達すればいいと考えればいいわけですね。数学などで、中学生で高3レベルの問題が解ければ、それでもうクリアだと。

柳沢校長:問題を作る側は大変ですから、一つの科目については3万題ぐらいプールしてそこから取り出すようにする。そうすれば毎回、毎回作らなくてすむ。すべての科目について3万題も勉強する人は多分いないでしょうから。

松本総長:逆にいたら素晴らしいですね。電波通信の技術国家試験※10がそうですね。分厚い問題集があって、それで勉強する。あとは学科試験で計れないような音楽や体操、体験などをどう評価するかですね。高校で一生懸命人間を育てようとしていただいているのに、大学がそれに目をつぶっているのは良くないと思います。高校が公正に評価してくださるのなら、クラブ活動も少しぐらい加点してもいいかもしれません。

やはり、入学試験を変えるぐらいの雰囲気をつくらないと、わが国の将来は危ういと思います。一生懸命、幅広く教育しておられる高校にしても、入試でどこへ何人通ったということだけで評価されていては気の毒だと思います。

後藤:最後は、学力をいかに担保するかということになりますか。

松本総長:資格化すれば可能だと思います。

後藤:あとは志とか、人間性、あるいは経験とか体験などで評価できるわけですね。実は私がかつて早稲田大学の法科大学院で入試を設計したときのものが、それに近い。適性試験※11で学力的なものは担保できますから。

松本総長:失敗しませんでしたか。

後藤:受験者数が多いときはいい。ただ、受験倍率が一点数倍とかになってくるとむずかしい面が出てくる。

松本総長:そもそも定員という考え方がおかしいのかもしれない。

柳沢校長:入学試験は、教育機関が社会に向けて出すメッセージです。東京大学や京都大学でも、そういう資格試験に通ってさえいれば、二次試験では学科試験を課さずにエッセイと面接だけで行うなどと、独自に決めればいい。われわれ高校側は、大学に対して、そういう入試制度なんですねという形で従わざるを得ないのですから。開成の場合は、中学、高校ですから、小学生や中学生に対して、こういうことが十分できる生徒を受け入れたいから、こういう入学試験問題を出しますと言っている。そうすると、小学生や中学生の勉強の仕方が若干、変わる。

森上:いや、おおいに変わりますね。

柳沢校長:受け入れる側の責任は大きい。

松本総長:日頃の教育をきちんとみんなで考えたい。しかし、今の制度にはずいぶん欠陥がある。だから何とかしましょうというところを、今日はみなさんと共有できたと思います。

森上:みなさん、どうもありがとうございました。

(11月14日京都大学東京オフィスにて)

※1 おもに高等学校卒業から大学へ入学するまでの期間についていう。英語圏の大学ではこの期間をあえて長くして、その間、大学では得られないような経験をすることを推奨するところもある。日本では、『教育再生国民会議』(平成12年)や近くは安倍内閣時の『教育再生会議』などで提唱されている。

※2 International Baccalaureate。スイスの財団法人 国際バカロレア機構(Organisation du Baccalaureat International)の定める教育課程を修了すると得られる資格。2010年時点で、全世界139カ国の3086校の学校で採用されている。

※3 教科の学習を母語以外で行う外国語学習法。

※4 選ばれるとUWC派遣留学生として2年間、派遣先に指定されているカレッジで、13のカリキュラムにのっとった教育が受けられる。

※5 Collaborative Learning:認知心理学者の三宅なほみ東京大学教授(大学院教育研究科)による。複数の学習者が共通の問題に共同で対処する学習形態。協調学習とは、複数の学習者が共通の問題に共同で対処する学習形態。

※6 1.東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物、2.世界に雄飛するにたえる人物、3.自ら調べ自ら考える力ある人物。創立のころから重視され、いまも受け継がれている。

※7 京都大学は、2012年度から博士課程教育リーディングプログラムを開設し、それを基礎に新しい大学院を設置する予定で、それと並行して、プログラム運営の主体となる「大学院思修館」の開設計画を進めており、その中核的な教育専用施設として「学寮」を位置付けている。収容人員は、1棟当たり30名程度で、教員も住み込み、学外からユニークな講師を招き、徹底討議の場である「熟議」を寮内で行い、勉強漬け、修練漬けの日々を経験させる。

※8 Scholastic Assessment Test、アメリカ合衆国内にある大学が世界中からの受験生に求められる共通テスト。

※9 サステイナビリティは、「環境の世紀」と呼ばれる21世紀の科学技術、経済システムを語る最重要キーワードの一つ。サステイナビリティ学とは、国際社会が抱える喫緊の課題を解決し、地球社会を持続可能なものへと導く地球持続のためのビジョンを構築するために、その基礎となる新しい超学的な学術。

※ 10 特殊無線技師資格:国家資格でプロの無線従事者資格の一つ。陸上、海上、航空に分かれていて、陸上と海上は1~3級まであって、陸特1、海特1などと略される。

※ 11 法科大学院適性試験:法科大学院の受験者が全員受けなければならない試験。入学後に必要な基礎学力を確認する。