第3回 京都大学総長と有力進学校長が語る

大学が求める力、高校で培いたい力。

出席者の写真

(写真前列右から)
大阪府立天王寺高等学校長 兵庫 將夫 先生
京都大学 総長 松本 紘 先生
大阪府立三国丘高等学校長 中尾 俊治 先生
(写真後列右から)
灘高等学校長 和田 孫博 先生
大阪府立北野高等学校 楠野 宣孝 先生
大阪府立茨木高等学校 山口 禎 先生
大阪府立大手前高等学校長 栗山 和之 先生

●司会
後藤 健夫氏 本誌編集委員

恒例となった京都大学松本紘総長と有力進学校校長の座談会。
今回、関西地区でも初めて実施されました。ご出席されたのは、大都市では珍しく公立人気の根強い大阪府にあって、それを支える進学校5校の校長先生。
また私学では、兵庫県から日本を代表する進学校、灘高等学校の校長先生をお招きしました。
高大連携、入試制度、日本の教育制度全般について、活発な意見交換が行われました。

はじめに、大学の役割、国や社会の役割

司会(後藤):最近は東京大学の秋期入学が話題を呼んでいますが、大学入試についてはこれまでも様々な改革が模索されてきました。日本の教育制度全体に大きな影響を及ぼす大学入試。今求められるのはどのような改革なのか、先生方の日頃のお考えをお聞かせ願いたいと思います。まずは京都大学の松本総長から、入試も含め、これからの大学の在り方や、今日の座談会に臨まれるお気持ちなどをお聞かせ下さい。

松本総長:今日は、入学試験も含めて大学は今何を考えているかを私からお話したいと思いますし、高校の先生方からは、日頃どのような人材養成を心がけておられるのか、またその中から大学、例えば京都大学はどう見えているかなどを、ぜひお教えいただきたいと思います。

まず最初に、一つ話題を提供します。昨日、京都で日中の大学の学長が集まる会議がありました。ここで驚いたのは、あれほど国家のための大学と言っていた中国の大学の学長の意識が、少し変わってきたことです。ご存知のように中国の大学は1番から2000番まで序列がつくほど、国による統制が厳しい。にもかかわらず、大学は人類全体の価値観、世界観というものにつながらなければというようなことを言い出しました。また大学の役割は個人のキャリアを磨くためだけでなく、企業にはできないような新しい発明、発見に力をいれる組織だというわれわれの意識を共有してもらえるようになりました。ただ、これまで日本の学生よりずっとよく勉強して、留学意欲も強いという印象だった中国の学生が、最近は少し変わってきていると言うのにも驚かされました。日本社会のように中国の若者もレールの上を走るようになり、海外に昔のように行きたがらなくなってきたそうです。物質的に豊かになると、どこも同じなのかもしれません。

一方で、中国の全体主義的な人材養成のスタイルは変わっていません。農村部に人材を残すために、内陸部から北京大学のような大学に行ける枠は10%しかありません。内陸部の子どもはよほど成績優秀でないと都市部のいい大学へ入れません。今後そういう子を少しでも多く採用しようという制度がスタートするそうです。選ばれるのは年にたったの600人。今回は基礎部門の強化に必要な人材を確保するのが目的だそうです。日本人にあてはめると年間50人の生徒を選び人財育成を集中的に行うということです。やはり、国として一生懸命教育を考えています。

翻ってわが国の教育は、高校の先生も、小、中学校の先生もみながんばっておられるけれども、国や社会として、一貫制に欠けるように見えます。例えば入試制度でも、あいかわらず試験一回限りで一点刻みの選抜が行われています。これで本当にいいのでしょうか。大学にとっては、地頭のいい学生をどのように選ぶかが頭の痛い問題です。簡単な問題を出すと全員が100点を取るおそれがあるので、少しひねくれた問題を出したりしますが、本当は受験生をもっと多面的に見たいわけです。簡単に変えられることではありませんが、私は大学の入試制度の改革は避けては通れないものだと思っています。

高校時代に学んでおくこと

司会:松本先生から示唆に富んだお話がありましたが、それでは各高等学校の校長先生方に、それぞれの校風や教育の特色、目標、日頃の教育についてのお考えなどを、自己紹介を兼ねて、順にお話願いたいと思います。また、大学に送り出す側として、入試ではどういったことを評価してもらいたいのか、あるいはどういった人材を高校のほうでは育てていこうとしているのかというようことについても、お話していただければと思います。

楠野校長(北野高校):本校は138年の伝統があります。今日お集まりのほかの学校と同じだと思いますが、文武両道・授業第一主義を貫いていて、知・徳・体ではなくて、知・心・体のバランスのとれたリーダーを育成しようと言っています。「心」とは、幅広い教養ということも併せた意味で使っています。教育の特徴は、できるだけ幅広い学習をさせようということで、文系、理系は最終的には2年の終わりに決定します。1年の終わりに文系・理系には分かれますが、2年生の文系・理系は、主に数学の進み方が少し異なるだけです。効率的な学習を求めるのではなくて、5年後、10年後を見据えた幅広い教育ができないかと考えてやっています。さらには、考える力の育成。読んだり、聞いたりすることを正しく理解する、それについての自分の考えをまとめ、それを最後は表現するということを繰り返して身につけさせること。この時一番キーになるのは、知的好奇心をいかに刺激するかです。

また、受験勉強には功罪がありますが、なかでも、高校1年で大学入試レベルまで数学を勉強している生徒など、高3でひたすら枠にはまった受験勉強をする1年間は非常にもったいないと思える生徒もいます。夢物語のようですが、大学に入学するまでに、何かもっと大きな勉強をさせるべきではないかと考えています。そのためにも大学には入試制度について今一度考えて欲しいと思っています。

松本総長:われわれも似た考えを持っています。大学の教育方針がイギリス型か、アメリカ型かで少し違いますが、幅広い知識を高校時代に身につけておいてもらうと、大学で専門教育をするときに生きてきます。受験勉強で特定の科目にだけ的を絞ると、大学では学生はそれ以外の知識をもう一度学び直さないといけません。

また、高校で教養として、人とは何ぞや、人間関係とは何ぞやということをきちっと教えられようとされているのはたいへんありがたいことです。

余裕のある子ない子、あるいは全く遅れてしまった子をどう扱うのか。これは産業界やメディアも含めて、国全体で考えていかなければなりません。社会との接点が、就職の段階でいきなり来るのは良くない、社会や人類全体に対する意識が育っていないまま大学を卒業するのはどうしたものか、という問題とも関係してきます。近代国家が登場してきて、周りの人との関係を大事にする地縁血縁型(ゲマインシャフト)社会から、機能を都市に集中させて、便利で効率を追求する利益型(ゲゼルシャフト)社会への移行が進んできました。なぜわれわれは勉強するのかを考えることも含めて、若い内に勉強しておかないといけない。そこでどこかで1年間、社会勉強を通じてトレーニングさせるようなプログラムを考えようという話が持ち上がりつつあります。高校の先生方にも、意見を求められる機会が来るかもしれません。

兵庫校長(天王寺高校):本校は創立116年目。古くは五中といって、一中の北野高校から分かれていて、主に大阪の南半分から生徒が来ています。北野高校と似たところも多いように思います。『天高育成プログラム||知力・体力・精神力の錬磨+友情』というものを策定し、1年から2年、3年と、天高での3年間でどう生徒を育成していくのかを示して教育を行っています。たくさんの行事を通じて、他者の存在、あるいは公共心を陶冶し、自己を確立していこうと思っています。また人づくりを大切にし、将来のリーダーになる素養を身につけてもらいたいと考えています。授業第一主義で、生分かり≫から≪本分かり≫へ、つまりいろいろ疑問を持って授業に臨み、授業の中でそれを解決していくことに努め理解を深めていくようにと指導しています。そして、生徒たちには、自分の周りのことも含めて「さまざまな事柄について深く考え」しかる後、「勇気を持って一歩踏み出すこと」。そのことによって周りが見えてくるだろうと、いっています。当然、具体的な課題の解決に当たっては、チームで取り組み、「チームワーク」が必要だということで≪チーム天王寺≫というのを一つの標語にして、社会に有用な人材を育てていこうと考えています。

大学に要望したいのは、SSHに採択されていて課題研究などでは非常にレベルの高いことをしていますから、どうしても高校の教員だけでは難しいこともある。大学でアドバイスをしていただけるような人がいればありがたい。高校の学習から大学に、どうつないでいくかというという主旨で、京都大学にもお願いをして、少人数ゼミ形式で≪スーパーレッスン≫というものを連携して行いたいと思っています。

松本総長:創造力のある子を育てるには、最先端の研究に触れさせることが重要です。これは、多くの高校の先生が考えておられることだと思います。しかし私は、少し違った意見を持っています。私自身、奈良女子大の附属高校を出ましたが、とても自由にさせていただき、なぜこんな勉強をしなければならないのかとか、科目の連関性について説明してもらったことは一切ありませんでした。それでも、高校時代に習ったことは後々とても役に立ちました。この時の経験からすると、若くて頭の柔らかい時代には、詰め込みでもいいからたくさん教え込むことが大事なのではないかと思います。その時間を減らしてでも、考えることが大事だと指導するのがいいことなのかどうか。脳の発達過程からいうと、全体を見回して適切な判断を行うのは、どちらかというと年配になってからの方が得意なように思えます。大学へ入れば友達の輪も広がり、少し社会も見えてくる。脳の中の引き出しはたくさんあった方がいい。それがないと、一から勉強し直さなければいけない。せっかく、知識をつなぐ機会を与えられたのに、もう一度覚え直さなければならない段階へ戻るのは、とてももったいないと思います。近年は詰め込みイコール悪、ただ覚えるだけでは駄目だといって、考えろ、考えろという教育をしてきたわけですが、覚えていない人に考えさせるということは、私はありえないと思います。

兵庫校長:おっしゃるとおりですね。

松本総長:受験勉強には功罪があるとおっしゃいましたが、プラス面の一つは、やはり徹底的に覚えるということ、反対にマイナス面は、特定の科目しか勉強しないことだと思います。とかく入試科目以外には力を入れない学校もあるなかで、両校とも幅広くやっておられて、しかも教養という言葉も出てきましたからたいへんありがたい。そのような素晴らしい教育をされている高校のトップクラスの生徒なら、改めて試験をしなくても大学へ入って十分やっていけると思います。それぞれの学校の評点が、ある程度、高ければ、私はそれをよりどころにしてもいいのではないかとさえ思っています。

兵庫校長:高等学校での教育を信頼していただき、それはありがたい。

松本総長:そういう方法なら、受験科目以外も幅広く学んだ、本当に地頭のいい学生に入ってもらえるのではないか。もちろん全く選抜しないというわけにいきませんが、1科目でも失敗したら全てが失敗になってしまったり、試験の日に体調が悪いだけで志望する大学へ進めないというのは、教育という観点からいうとおかしいと思います。

兵庫校長:昨今の教育課程は、学習指導要領の変遷もあって、高校時代に共通に学習する内容がかなり絞られてきています。どうしても、学習する教科・科目を選択する傾向になってきている。しかし、やはり基礎的なものはしっかり身につける必要があると考えています。うちも北野も、理科では物・化・生、社会では地歴も公民も学習させた上で、さらにその上のものを目指している。ベースになる知識がなければ何か考えろといっても無理だというのはおっしゃるとおりです。最低限の知識は必要です。

楠野校長:高校における授業の実態は、やはり覚えることが主です。詰め込んできた知識が絡み合って、新しい理解を生む。

松本総長:大学生になったら放っておいても考えるようになります。段階があって、頭の中の構造も変わってくる。例えば小学生にとっては、ぞうきん絞りや田植も知識です。学校で学んだものだけではない。生活体験や職業に直結するような知識や倫理観、それに音楽なども、もう1段上がったときに全部が組み合わさって、全く新しいものが生まれる。ここが欠けていると、バランスに欠けた人間になってしまう。まれに、例えば数学だけ突出してできる子は出ます。そういう人も社会には必要かもしれませんが、一般的には幅広い視野を持ち、日本全体について考えられる優秀な人をできるだけたくさん育てるということが、われわれの共通目標ではないでしょうか。

兵庫校長:そうですね。体験を通して得るものは大きいでしょう。そうした意味でうちでは、一泊二日で本校所有の山小屋に連れていって、電気、ガス、水道などがない中で、自炊をさせたり、二泊三日で若狭の海で泳ぐ臨海実習などの多彩な活動を設けています。また、部活動でも同じことがいえ、多くの生徒が参加しています。将来そうした経験が礎になって、何か課題に出会ったとき互いに結び合って一つの新しいもの、自分自身のオリジナリティを生み出すのだろうと思います。

松本総長:高校としては中学以下の教育組織に対してものを言わないといけないと思います。中学や高校受験で同じことが起こっていないでしょうか。

司会:三国丘の場合ではどうお考えでしょうか。

中尾校長(三国丘高校):大阪府第二尋常中学校として明治28年創立で、117年目の伝統校です。堺の真ん中にあって、大和川から以南、いわゆる泉北、泉南と呼ばれるどちらかといえばまだ田舎らしさの残った地域からの素朴な生徒が多い。文武両道、自主自立、切磋琢磨を教育方針として、知・徳・体のとれた人間を育成することが目標です。学力向上には特に力を入れていて、自学自習に結びつく、あるいは次の意欲に結びつくような質の高い授業を提供しようと教員はみな努力しています。私も毎日、授業を見て回っています。幅広い知識、教養が大切ということで、大学入試に向けた本格的な文理分けは3年生からですが、2年次での緩やかな文理分けが本校の特徴です。文理学科は2年生で文と理に分かれますが、数学と国語で少し差をつけている程度です。また、普通科は2年生の後半から数学の授業で文理分けを行います。

夢と志をしっかり育むとことも強調していて、1年から「三丘セミナー」といって、大学や社会で活躍しているOBの集中講義をしています。もう一つは、グローバル人材の育成を目標に、英語国際理解教育に力を入れており、毎年30人をオーストラリアへ語学研修に送り出しています。加えて今年からは、将来、海外の大学へ直接入学するような生徒を出せないかと、TOEFL講座も開設しました。夢と志の違いは、夢は自分の将来の職業や収入、地位であったりしますが、志は、より多くの人の幸せ、社会や人類のために何かをしようという意思だと思います。私たちは世界や人類を救うような志の高い生徒を育成したいと考えています。

大学への要望としては、高校時代の勉強や課外活動をきちんと評価してもらえるような入試の仕組みを考えていただきたい。

松本総長:受験戦争は今、韓国で特に激しくなっていますが、日本でも多くの高等学校が優秀な中学生を集めてしっかり教育して、いい大学に送り込むということ自体が一つの競争目標になっています。しかしそれは教育の本質とは違うと思います。

そういう中で、今ご要望があったようなことを取り入れられるかどうかということを、7大学、昔の七帝大といわれる大学の総長に直接電話したことがあります。幼稚園から、小、中学校、高校までに学んだことを評価する仕組みについて勉強しませんかと。おおむねいいお返事をいただきましたが、実際にそういう仕組みを入学者の選抜に取り入れるかについては、それほど簡単な問題ではなさそうです。今の選抜方法はおかしいと言いながら、結局、世の中はそういう流れにはなっていません。

ここにおられる先生方も、進学については一喜一憂されずに、もう少し高いところを目指しておられると思いますが、結果としては、こういう立派な高校の行動が、ほかの高校に大きな影響を与えている。同じことがわれわれにもいえます。しかも今は、大抵の大学は、留年率が高いと国から指摘されますから、入ってしまえばほとんど≪ところてん≫方式で卒業できる。ですから今のようなご要望に応えようと思えば、ある程度はフィルターをかけることは必要ですが、入口は少し緩くして、実力さえあればちゃんと1学年、1学年、ステップを上がっていけるようなシステムが必要だと思います。そうすれば、結果的にはしっかりと質の保証をされた人間が社会へ出ていく、あるいは大学院に進むということになると思います。

スポーツ界では鍛えた者だけが上がっていくのに、勉強は学歴社会といっても、≪ところてん≫方式で卒業できてしまえば、勉強してもしなくても肩書きは同じです。幼稚園から大学まで、全体できちんと教育する仕組みに変える努力を、高校と大学で一緒にやりませんかというのが今日の提案の一つです。

夢と志の話は面白いと思いました。高校生ぐらいになると、夢だけでなく志についても一応考えるようになる。ただ問題はどこで身につけさせるかです。いくら優秀でも、高校生の目からはそれほど世界が見えているわけではない。インターネットで知識だけは得られるかもしれませんが、相手に面と向かって直接話ができなければ、社会の仕組みもそう簡単にわかりません。社会というのはかなりドロドロしたもので動いている。高校生のレベルで、そこを乗り越えろというのは酷だと思いますから、将来何になりたいかというところで少しアドバイスしてあげる程度だと思います。

私も、18歳は18歳で、大学生のときは大学生で、大学院生になったら大学院生でもがいていた。自分なりに、だんだん上へ行くほど、社会が少しずつ見えてきますが、就職した時に、10年先、20年先が読めていたかというと、まったくそんなことはありませんでした。しかし人間というのは、何とかやっていけるものです。そしてある段階で、高校時代に習ったこと、例えば私の場合なら、漢文の先生や古典の先生の言葉が、よみがえってきます。ずっと物理の分野で仕事をしてきましたが、人間はどこへ行くのかというような大問題を考えたときに、空海の言葉や、論語の言葉などが浮かびます。知識があると、それらがつながって、いろんなことを考えられるようになるわけです。先生方の高校では、そういうことにも力を入れて教育をしていただいているようですから、そんな子の中から、自分で社会を変えるという高い志を持った若者が出てきてほしいと思います。そういう人がいないと、日本国はどこに行くのか心配です。

司会:茨木高校ではいかがでしょうか。

山口校長(茨木高校):創立116年、前の3校と同じでやはり授業を重視しています。一番大きな特徴は、部活動や学校行事等を徹底して生徒主体でやらせていることです。修学旅行や遠足、あるいは体育祭も、生徒たちがすべてを仕切ってやっていく。修学旅行では、業者のプレゼンの場にも立ち合い、最終的に決めていくというぐらい徹底している。こういうことを経験すると、人間として非常に力がついていきます。

教育目標は、「高い志を抱かせる」、「自主自立の精神を確立する」、「二兎を追うたくましさを育成する」の3つ。3年生は9月1日の体育祭まで4カ月かけて全部自分たちで仕切り、それが終わって初めて完全に受験モードに入っていく。6カ月ぐらいで勝負しますから、その分少し余裕があるかもしれません。そのせいか大学へ入ってからは、課題発見能力や問題解決能力が高いと評価していただいています。あまり絞りきらないで、社会で活躍していける幅広い力をつけた人材を育成したい。

松本総長:6カ月で受験勉強をさせるというのは、勇気がいることですね。

山口校長:それでいつも格闘しています。

松本総長:どちらかというと短期勝負。それまでに、十分に鋭気を養って、志を高く二兎を追えということですね。受験勉強で完全に伸びきってしまったような子もいますが、それでは大学へ入ってから本当に気の毒だと思います。

東京一極集中と関西の高等学校

松本総長:ところで関西は、かつては今の東京と同じで文化の中心地だった。それが東京一極集中で、東京へほとんど吸い取られています。大学はどうでしょうか。一極集中を助長するようなことは、日本の将来や世界のためにいいとは思えません。優秀な子は、どの大学へ行っても悠々と伸びます。それに世界という舞台に上がれば、どの大学を出たかはあまり関係ありません。

楠野校長:本校では、OBをはじめ東大指向というのはあまりありません。

兵庫校長:単に、大学の名前による指導は行っていません。

和田先生(灘高校):ご承知の通り本校は東京を目指す生徒が多いですね。

松本総長:今の子はみんな、自分だけ違うことをやるのを怖がります。みんなと同じだと安心。そのあたりを高校の先生方がアドバイスすべきではないでしょうか。みんなが一つの大学へ集中して、そこを通らないと社会のトップに行けないと思うのは間違いだと思いますが。

和田校長:そのとおりです。ただ今回の地震で東大を受ける子は減るかもしれない。しかしまた、自分たちが行って支えなければと、志望する生徒が増えるかもしれない。

松本総長:受験生には流行があります。有名な人が出たり、有名な賞の受賞者が出たりすると、その後の2、3年間だけは受験者が増えます。しかしそれは正しい進路選択ではありません。就職率の良さやOBの活躍については、今の子はわれわれよりはるかによく知っています。しかし人生にはもっと大事なことがあるといいたいですね。

和田校長:多分、OBの力が強いと思います。

松本総長:うちはOBの力がだんだん弱くなっているのかもしれません。それこそ一極集中で関西に残っている人が減ったのかもしれません。ただ京都のよさというのは変わっていません。かつて昭和44年に、東大の入試が中止になって、東大志望者が大量に京大を受験した年がありました。そのときの何人かに聞くと、もし京都に来なければ今のような考え方は持てなかったと言われます。京都の町でじっくり考えたからこそ、今の自分があると。

栗山校長(大手前高校):大阪の公立高校はおそらく、いわゆるトップ10校を全部合わせても、東大に進学するのは現浪合わせて十数人です。大阪の公立高校は、やはり京大、阪大志向です。教員が勧めているわけでもないのですが、風土というか、そういう大学の良さを理解して選んでいるのだと思います。また、私学は私学で頑張っていると思いますが、大阪の公立は、特に10校はほとんど文武両道を掲げていますし、90%前後の生徒が部活動をやっていて、最後まで続ける子が多いです。

松本総長:そういう子は社会にとって貴重な存在です。

栗山校長:少し前後しましたが本校の紹介を少しします。大手前高校は、大阪では2番目にできた高校で、創立125年になります。教育の特徴は、今日出席の他の学校同様、2年の後期からの遅い文理分けです。他には、文系理系問わずに、情報の技術とプレゼンテーション技術、数学教育に力を入れているのが特徴です。特に数学については、文系で数学は苦手だから要らないとせずに、きちんと指導しています。文系へ進むにしろ理系へ進むにしろ、幅広いところから、何かをつかんでいく、つなげていく力に結びつくという考えからです。この伝統はうちのよいところとして今後も残していきたいと思っています。

松本総長:幾何もやりますか?

和田校長:高校の数学では幾何はなくなりました。本校では中1、2年でしっかりやっていますが、中学校の検定教科書でも少し触る程度です。

松本総長:代数は知識量に比例しますが、子供が大人に勝てる格好の教材が幾何学なんですね。先生が解けない問題が解けるというのは、とてもうれしい。幾何って創造力の世界でしょう。断片的な知識をつなぎ合わせる最高の訓練だと思います。

和田校長:それから補助線を見つけたときの喜びね。

松本総長:そうそう。創造力豊かな人を育てるために運動クラブのように幾何を解く部活があってもいいと思う。

栗山校長:サマースクールで2年生が2泊3日で京大に行ってプレゼンテーションをやっていますが、ほとんど全部数学で、3分の1は幾何的な内容です。

松本総長:いいですね。

栗山校長:高校数学ではやらないのに、その方が面白いらしい。

松本総長:断片的な知識をつないで自分で何かを生み出したり発見できたりしたときの喜びというのはすごく大きいと思います。幾何はインターネットで調べても答えは出てきませんしね。

日本の教育システムについて

司会:ここで、和田先生、少し灘高のご紹介を。

和田校長:東京へ行かせる数の多さを学校としては本当に競ってはいるわけではないですが、もしどこかに理由があるとすると、やっぱり創設時の顧問だった嘉納治五郎先生が、講道館や東京師範学校と縁が深かったですから、その流れで先生方も固められていた。戦後も5年の中等教育を、そのまま中学、高校の6年制にしただけで、やり方としては戦前のものを持って上がりましたから、東京指向は相当根強い。二代目の校長先生も高師出身。今は教員も、私をはじめ京大出身者のほうが東大出身者の5倍ぐらいいますが、やはり流れは断ち切れていないかもしれません。

ところで本校の「精力善用、自他共栄」という校是ですが、今回の大震災の様子などを見ていますと、やはり一人ひとりがとにかく自分のテリトリーで、まずやれることを探して、やらなきゃいけないと強く感じました。これが「精力善用」ですね。そして「自他共栄」については、各人が、自分のテリトリーでできることを一生懸命やれば、世界全体が良くなっていくというような思想ではないかと、最近、少し考えなおして、生徒たちにも、そういう話をしています。

今日ご出席の学校に比べて本校が恵まれている点があるとしたら、やはり6年間で教育できるということではないでしょうか。ただ、文科省の定めでカリキュラム上中学と高校が別になっている学校が多い。松本先生はそれぞれのレベルに合った教育をすべきだというようなお考えのようですが、やはり一貫教育には、そのためのカリキュラムというのを認めてもらうほうが、学校の特色を生かせると思います。公立でも6年一貫の学校が増えてきていますから、少し国にも働きかけていきたいと思っているところです。

松本総長:6年一貫には、私も賛成です。ただ、公立高校は、周りの中学校から生徒を受け入れる義務もありますし、責務もあると思いますから、やはり私立の方がやりやすい。「制度」についていうと、私は小学校が6年制でいいのかということも考える必要があると考えています。6、3、3制でなくて6、5制だったらどうなのか。今の制度では、6歳で小学校へ入って、大学院でPh.D.まで取るには非常に時間がかかります。取れるのは27歳、28歳です。医学部では大体35歳にならないと学位を取れない。何と30年近くかかります。いくら人生80年時代といっても長すぎます。明治時代のように、30代、40代の人が社会の中心になって活躍できるようにと思ったら、もっと若いときにスピードを上げないといけないと思います。もちろんそのかわり、もっときっちりと教育する。

幼稚園や小学校では、かつての寺子屋のように、いわゆる読み書きそろばんだけでなく、基本的な倫理観も教え込む。そして教育界全体が、幼稚園から大学院までお互いの壁をなくしていく。子供がどんどん減り社会が老齢化する中、年金は出ない、輸入ができなくなるではみんなが困ります。教育システムの改変は大学の責務だと言いましたが、これは大学だけではできません。国の舵取りは全員が力を合わせて、リーダーを出して行かないといけません。ただリーダーだけでは国は動きません。リーダーを支える人も要るし、それをさらに支える人も要る。だから、やっぱり社会の組織のあり方ということを、もう一度、みんなで考えないといけないと強く思っています。そんな中で大学全体のあり方を考えていかなければならないと思います。

司会:今日はどうもありがとうございました。

(2011年10月14日 ホテル・アウィーナ大阪にて)

京都大学に望むこと

各先生方から京都大学への要望もお聞きしてみました。

楠野校長:OBがいろいろなところで支援してくれていてたいへんありがたいのですが、本校から京大へ行くには1時間以上かかります。大阪大学の基礎セミナーには、前期の週1回放課後に、六十数名が通わせてもらっています。生徒が授業に入り込んで大阪大学の学生と一緒に授業を受ける。生徒は本当に喜んでいます。京大がもう少し近いとお願いしたいところですが。

松本総長:インターネットではやはりリアルの授業には及ばない。京大の教員がそちらへ行くだけでは学生がいない。難しい問題を投げかけられたと思っています。

楠野校長:1日あるいは半日だけ、集中講義形式でも、京大へ生徒が通うというのは可能だと思いますが。

松本総長:ノーベル賞学者を多く輩出しているカリフォルニア工科大学はカリフォルニア州の高校から3カ月間優秀な生徒を選抜して大学に来させます。

楠野校長:籍は高校においたままで?

松本総長:はい。生徒は夏休み期間、どこかの研究室に入ります。それを3回ほど行うと、高校生でも論文が書けるようになりますが、そういう生徒を大学に引き上げる。ついていける生徒もいるらしい。大学で一緒に研究にも参加できるわけですから飛び級どころではありません。ただ日本ではそういうことをしても、高校生にあまりメリットがありません。入学試験は他と同じように受けないといけない。大学へ入ってからも、また同じ授業を受けないといけない。修了した授業は単位として認めるようにすれば少しは生きてくる。もちろん共同で論文が書けるだけで、一生の宝にはなると思います。

兵庫校長:本校の生徒にとって京都大学は、非常に大きな存在だと思います。非常にレベルの高い生徒も多いですからそういう制度をぜひ作っていただきたい。できれば北野さんだけじゃなくて、10校の生徒も対象にして。土曜日の使い方も含めて、考えていただくとありがたいと思います。京都大学、大阪大学とで、関西の大学の存在感を、生徒によりアピールして欲しいと思っています。

松本総長:ありがとうございます。ぜひ考えたいと思います。

中尾校長:本校でも数々の高大連携を行っていますが、同窓生を通じてという枠組みの中で行っていますから、さらに幅の広い高大連携を当局と組織的にできればありがたいと思います。それと、大学へ来ている留学生との交流ができればたいへんありがたいと思っています。

松本総長:京大には1700名ぐらいいます。地元の産業界から、企業の寮を無償で提供するから、社員に韓国語や英語を教えたりインターナショナルなセンスを身につけるのに協力して欲しいという要請をうけて、すでに交流が始まっています。高校ともそういう仕組みができたらというご提案、なかなか面白いと思いました。少し考えてみたいと思います。優秀な高校生を大学へ派遣していただいて、土曜の午後などに特別なことをするのをルーティン化することに加えて、そこに留学生を参加させることがもう一つできますね。現在は、中学生対象の『ジュニアキャンパス』と女子高生を中心にした『車座フォーラム』というのを年に1、2回やっていますが、もう少し発展させて、夏休みを使うとか、あるいは高1、高2の少し時間に余裕のあるときに集まってもらうなど工夫してみたいと思います。教員も、このごろは忙しくルーティン化するのは簡単ではありませんが、やはりやるべきだと思います。

山口校長:留学生については、うちは阪大とやっています。機会をつくっていただければ、ぜひ参加したいと思います。

栗山校長:進学指導特色校の10校と淡路副学長とで、コンソーシアムのような形で連携できないかと探っています。それがまた、大阪のほかの公立高校に広がっていくのではないかということでやらせていただいています。

松本総長:京大だけでなく、他の大学も交えていくということも必要でしょう。

どうしたら関西から優秀な人材を世界へ輩出できるか。やはり京都という街の持つブランド力の強みはあると思います。やはり外国にはないものがありますから、それを少しでも身につけた日本人が、外国で活躍するということは日本にとって大きなプラスになると思っています。

和田校長:高大連携は、非常にいいことだと思います。私学の場合は難しい所もありますが、自前で頑張っているところもあります。夏休みなどを利用して行かせてもらうのなら、京都まで行きたいという生徒はたくさんいると思います。決して、大阪、京都だけでなく、せめて近畿全体ぐらいで考えていただきたい。

松本総長: もちろん関西全域でと思っています。